電磁波攻撃している気持ちの悪い正義を語る知恵遅れのあほの皆様へ

2019/02/03 電磁波攻撃している気持ちの悪い正義を語る知恵遅れのあほの皆様へ


電磁波攻撃はイライラさせることが目的だと思い始めました

イライラさせて反社会的なことを起こすように仕向け弾圧する

何故このような行いが正当性を担保できないかというと部落民や済州島民という民族差別の上で対象の是非を問うているからです

部落民同士がこいつは悪いやつだよね、と共通認識を深め殺害よりもたちの悪いこの民族は悪いのが多いとして正当性を持たせ迫害しているということです

そのような偏った民族コミュニティで是非を判断すれば間違いなく冤罪の嵐となります

その人々が国家権力を私的流用する特権を持っているということは日本は民主主義ではないということです


社会主義も民主主義の一部なのだからという苫米地博士の発言には説得力がありますが僕は違うと考えています

社会主義も民衆が代表を決めているのだから民主主義の一部であるということのようですが実は民衆がなにも決めていないということです


民衆が決めていないとはどういうことだ?とみなさんお思いでしょう

民衆が決める、ということは対等な情報の開示があり、民衆が対等に考える土台があり、つまり苫米地博士も仰っている機会均等がなされた上であれば民主主義と言えます

つまり今だかつて人類は民主主義を成していないとさえ言えるのだということです


どういういいわけをしようと世界は資本主義です


現在右だ左だと自作自演の対立を行っていますが実際に起きるべきものは資本家と労働者の健全な対立のはずです

その対立をあたかもあってはならないことのようにし、民族コミュニティを使い、民主主義どころか資本主義すら歪めています

その根幹にある歪みを作り出しているのが民族差別の実態です


かつて日本では部落民と言われた人々、これはすべての日本人が実は当てはまるものであり、固定化されたものではなく流動的な存在であった部落をあたかも迫害の上で起きていたものと歴史を捏造していると考えられるものです

日本人というのは恥をかくくらいなら腹を切るというほどに世間体や体裁というものを気にする一族です

ですので差別されて出ていくというよりは迷惑を掛けるのであれば、辱しめを受けるのであればと自ら出ていく人々が多いはずです

であるにも関わらずその民族意識をあたかも自分達も同じだといい始めた人々がいます

それが朝鮮人であり、あたかも自分達も日本に迫害されたとでも言わんばかりに被害を拡大解釈していきました

そして出来上がった巨大コミュニティが現在の日本を資本主義でもなく、民主主義でもなく、社会主義でもなく、さらには法治国家ですらない部落主義を確立していきます


部落民主義とはなにか?

部落民主義というのは被害感情を求心力としたコミュニティに属す人々は法の上に立ち社会生活を送れるというものです

民衆ではありません

彼らは戦前の華族と同じもので特権階級です

それであれば社会主義ではないかとお思いでしょうが社会主義では確かに横暴な振舞いが見られることがありますが実は法を変更しているという原則があります

つまり法治国家です

しかし日本の部落民主義は法の変更すらしません

部落民は法の上にいるという社会主義を越えた民族差別主義国家だからです


さらに法を作る場面や行う場面に至っても部落民であれば優越され部落民でなければ封殺されます

出世や懲役、社会生活や社会活動、すべてにおいて民族コミュニティに属しているのかどうかが問われるのです


マイケルサンデル教授の正義とはなにか?で推奨され、現在の世界の潮流を決めているコミュニタリアニズムと言われる小さなコミュニティによる統治を推奨され日本でもアカデミアの人々が多分ちゃんと理解もしていないのに真似事をしてみて部落民以外の大衆は実験台になっている訳ですが完全に意味がわかっていないと断言できます

サンデル教授が推奨しているのは小さなコミュニティに属することにより多様な価値観が認め合うことの出来る自由な社会設計の事を言っているのであって小さなコミュニティが小さな独裁をいっぱい作るという意味ではありません

小さなコミュニティによる相互控除の中で自らが社会と繋がることの出来る自発的な社会設計の事を言っているのであって独裁できるサイズや監視の目の届く距離の事を言っているのではありません


そしてこれは大衆が論理的でなければ成立しません


さらにお伝えしたいことはそのコミュニティを選択する自由があるということが何よりも前提としてあります


そしてその社会設計の中で大切なのは法治国家だということです


なのでこれから日本はボロボロになります


アホが歯抜けだらけの論理、いえ、論理ですらない整合性のとれない正に統合失調症の脳みそで権力を振りかざし、民族世襲により起きている盲目にも気づくことはなく、弾圧迫害するのですから


さらに言うなれば内部にいる悪しき存在を自浄する作用も持たずに野放しにし、特権を与え内部統制すらできなくなり、権力がさらに偏り、経済の事を知らない人が経済を動かし、政治の事を知らない人が政治家になり、と言ったような人事権の乱用が起き始めます

しかし、弱み(真実)を握られた権力はこの人事について鵜呑みにするしかなくなります

はじめはただの民族的優越、小さな差別だったものが気づいたときには自らを縛る足枷となり、内部で膨らむ邪宗や儒教的と表現できる存在に太刀打ちできなくなります


こういった言わば現実に則した争いは反社会的世界では当たり前に起きていることですが現実に則した経験の乏しい裕福な人々がその行いを見て黒光りを感じ始めます

都会で疲れた人々が自然に憧れるように、田舎で育った人々が都会に憧れるように、隣の芝生を輝かしく感じ邪道に足を踏み入れるのです

そして絡みつく蛇のように離れられなくなるその光は、中に入ってみれば光を逃がさない真っ暗な虚無へと続いていくのです

外から見れば黒光りするそのなにかは触ってはならないというパンドラの心そのものなのです


しかし、毒を制するために毒を持つ

このようにしなければならないと感じることだと思います

それは正に普遍的な答えであり、この邪道を避けては現実社会は統治できません

キリストのように統治するのではなく心の持ち方を語るのであれば蛇を無きものとすることで論理は成立しますが現実は違います


だからこそ統治する側の人々が何よりも目を光らせなければならないのは悪や矛盾や論理や正当性ですらなく、自らであるということにたどり着きます


民衆に責任を押し付け弾圧することも気持ちの良いものですし、内側の統制に一役買っているように感じることもわかります

が、実際には内部に存在するガン細胞をただ着々と育てているにすぎないことをご理解いただきたいと感じています


ですので健全な情報の開示が必要です


この世を蝕んでいるのは、、、