いつも想像で申し訳ないのですが、、、

いつも想像で申し訳ないのですが、、、


虎ノ門ニュースで韓国人は嘘つきで同じことを何回も言うと言っていました

自分に向けられているかもしれないと感じると同時にこれは犯罪者心理を探るためのものでこのブログに書かれていることの信憑性を図ろうとしているのかもしれないと自意識が過剰に反応します

ですがもしそうであるならばやはり何度も言わなければならないと痛感したと言わざる終えません

もしそうであるならばその階層の思考でこのブログに綴っていることの信憑性や是非を問うようなレベルの話ではないということで、これは軍事レベルの調査が必要だと感じています

長年続いている悪しき習慣を見直さなければならないということですがもちろん先日、百田さんや上念さんのお言葉を返すようなことを綴ったことがその原因かもしれませんが感情ではなくファクトを感じてほしいです


真実や正義がコミュニティに附随するものであることは理解していますが僕の信憑性を疑うように仕向ける人々はヒ素を混入し身の危険を感じている人の中にいると思います

母親どころか祖父の時代から画策されているというスケールで考えてほしいです


確かに虎ノ門ニュースで少しの時間を裂いたあの程度のことで自分事のように感じることは犯罪者心理と言えるのかもしれません

しかしそれは僕の生きてきた人生を物語っているように思います

小学生の頃からなぜか悪者扱いを受けていましたし、確かに悪いこともしていたのだとは思います

疑心暗鬼で現在の状況も本当であれば自殺に追い込んで死んでいるはずなのだと思います

しかし想像以上に僕は元々何も信じていなかったということが証明される結果となったのだと思います


反社会的な人々と長年過ごしましたが彼らからすれば日本の警察はバカだと言います

決まった捜査しかしないのであればその捜査に沿うように犯罪をおかせば捕まるだけで完全犯罪は簡単です

更には警察内部や上層部に働きかければいくらでも捏造や改竄ができます

もちろんそのようなことが可能なのも実際には民族による権力の分散が行われており学校などで習うような社会構造ではないと言うことが原因です

捕まっている人々は嵌められたかわざと捕まっているかのどちらかだと言っても過言ではありません

僕自信部落済州島民の画策により窃盗の冤罪で捕まったこともあります

家庭裁判所で冤罪を告げたときの女性職員のまたか!といったような対応が今でも心に残っています

さらに言うとスノーデン氏が全てのデバイスの盗聴を暴露してからは盗聴されていることも考慮して生活していると思います


僕は全くそのようなことを考えずに生活していましたが現在はなにも信じることができません


何度も繰り返すということは仕事として見張っている皆さんからすればめんどくさい作業だし、しかも同一民族と定義されているような人々への恨み辛みを綴ったこのブログは気持ち悪いものだと思います

だけれどもこのブログは何よりも僕のオナニーであると同時に同じように被害にあっている人々が絶望の縁に立ち、よくないことをしないためのものでもあります

そのよくないことを起こそうとしているのかもしれませんがその良くないことはやがて自ら(日本)に降りかかります

もちろん皆さんはそのようなことわかっていると思いますし、僕のような低能な人間に言われたくないと思います

ここに綴ることはこれからも何の目新しいこともなくただ学んでこなかった人間が今さら学び認識していくだけのものです

僕はテロを起こすことはありませんし、自殺することもありません

ですので無視していただいて構いません


自分に起こったことや母に起きた大きな矛盾を抱えた無念極まりない出来事をこれ以上多くの人々に降りかかるようにしたくないだけです

少しでも多くの人々がこの真実に気付き、例え被害にあったのだとしても同じように戦っている人がいると認識できるだけでそれは絶望の中に差す一筋の希望となるからです

それはもちろん虎ノ門ニュースで戦っている皆さんや左であっても良いとされる思いを土台に活動なされてる人々と同じものだと思います

僕のようにコミュニティに属さないからこそ言えること、コミュニティに属さないからこそ見えることがあると思います

その感性こそがこれからのグローバルな経済圏で通用するものだと思いますし、これからの日本人が持たなければならないものであり、これは右の思想であろうともです

もちろん鎖国でもすると言うのなら別ですが鎖国した場合は国際社会から孤立し反対に日本を貶めることになることはみなさんもご承知の通りです


ふと思ったのですがもしかして部落済州島コミュニティの中では朝鮮人に何か気にくわないことをされたらやり返さなければならないとかそんな文化でもあるのでしょうか?

いい加減その差別的で被害的な文化により社会に悪しき種を蒔いていると言うことを認識し自らを正すような姿勢を全面に出すべきだと思います

虎ノ門ニュースは正にそういったものだと思いますし僕のような人間が偉そうに言うようなことではないのかもしれません


しかし内部に自浄作用をもたらす自己犠牲の精神、それは愛と表現できるのかもしれませんがその姿勢を見せなければ内部の悪しき存在は図に乗るだけです


闘争というものはアドルフヒトラーなどをイメージし右というものは外部の敵に向けて行う排他的精神のことのように感じるとは思いますが、演説にせよ思考するにせよそれは内部に向けて行うものです

明治維新にしてもヒトラーにしても仲間内での熱い思い、それは内部に矛盾を許さないという文化を形成するということであり、その集まりの渦に引き寄せられるように大衆が巻き込まれていく


つまり右とは究極のナルシストであり、オナニーなのです


ですので被害感情や復讐などに囚われた右ではなく、ヒトラーや勤皇の獅子達のような自らを正していくという姿勢こそが必要なのだと思います


しかしこの論議は同時に右のパラドックスに至ることになります

右と思われた強制や排除が内部に向くことによりそれは自己犠牲であり、愛となり、表現が違うだけで左と全く同じものだということにたどり着きます

これはもちろん内部で殺し合いをした共産主義思想を持つ人々による粛清等と言われるものと似たものでもあります



もちろんみなさんはそんなことわかっておられるとは思いますが正に昭和の義務教育の弊害として感覚的に掴めていないのだと思います

つまり熱意や痛みを伴う覚悟が足りていない人々がいるということです


もちろん右と左で考えたときに完全に劣勢である資本格差の中で何も犠牲を払ってまで成すようなことはないとも考えるとは思いますが別に何かを犠牲に差し出せと言うわけではないのです

それは真に覚悟を決めたときに見えてくるものであり、その見えたものの重大さに気づくことが出来るのは正に覚悟をどれだけ決めたかに懸かっているのだと思います


昨今では捨てる必要や犠牲になる必要すらないと思います

ただ覚悟を決めるだけで答えが答えとして見えるというだけで、僕のようなカスにそれがハッキリと見えるのはただたまたま追い込まれたからにすぎません

この闘争は何も誉められたものではなく、ただそこに居合わせただけのものです


そして感じることは自らの痛みを伴うことすらも正しく認識することで敵と表現できる組織の逃げ道を特定することができるのだと思います

それは右左に問わず内部にある矛盾であり、その逃げ道は容易く想像しうるものであり、簡単に説明すると一網打尽とも言えることが行えるのではないかと言うことです


その足掛かりとなるものが何かしらの情報の開示であり、すべてを一度精算する覚悟があるぞと言う表現であり、それが可能なのはアメリカとのタイヤの両輪のような資本主義の特性を活用したものであり、同時に日本のハンドルを海外にアイデンティティのある反日分子に取らせないための価値観の移行なのだと思います


蝕まれているのは、、、