トランプ大統領の内政不振から見るポピュリズムの弊害と落とし穴

2019/01/05 トランプ大統領の内政不振から見るポピュリズムの弊害と落とし所


トランプ大統領についてはただのポピュリズム対策の役者ではないだろうかという思いはありますがとりあえずそれは一先ず置いておいて日本でも同じようにボピュリズムによる政権交代など革命的なことが起きてしまったらと考えると明らかになってくるのは理想を押し通すのは良いけどそれで国家や社会がちゃんと回り、保つことができるのだろうかということ


理想を追いはするけど結局無理がたたり本末転倒ということになりかねないのではないか、という良い見本となってくれているのがトランプ大統領の役割なのかもしれない


現在のアメリカは確かに革命的なことは起きてはいるけど何やら内政の雲行きが怪しいようです

単純に考えれば後釜をバンバン雇い当てはめていけば良いだけのように感じますがなぜか人事もままならない様子

やはり理想や正しさだけでは回らないのでしょうか?

例えば引き継ぎなどはやはりDEEPステートと呼ばれる役人たちの補助がなければ容易ではなく、何をするのかどこに何があるのかわからない人々が役職にただ就いたところでさ迷うことになります

娘や婿を当てはめただけでは長年甘い汁を吸いながらでも役をこなしてきた人々や既得権に近い人々の補助なしには引き継ぐこともできないのではないか、引き継ぎの時に意地悪されているのではないかなど中国やいつしかの日本を彷彿とさせる儒教的感性がやはり必要なのかもしれません


ではポピュリズム対策や日本での古い不必要な既得権を壊しながら新しいより良い社会構造を作るためには日本ではどうすることができるのでしょうか?


橋下徹さん率いる橋本新党結成という番組を見ましたがまさに番組内で言っていたことは理想的で何故やらないのか、なぜ出来ないのか、既得権益者が悪いのではないかと普通に思いますし事実だと思います

ただ問題はそれらをただ壊せば良いのだろうかということで薩長土肥からなる百年にわたる既得権益はどれだけ必要で更には現在の日本国民の生活と重ね合わせると納得の行く程度のものなのでしょうか

岩盤規制と表現されているものをただ壊せば良いというものでもないのでしょうが不透明な部分や明らかに大衆の生活レベルと比べると優越的であるようです


こういったことを考え始めると結局は差別をされているという議論にたどり着き民族問題へと発展していきます

そのなかで鍵となるのが多様性の必要性です


その多様性もなんでもかんでも良いではないかということをいい始める嘘つきな左の方々もいらっしゃるわけですが嫌なものを嫌だという権利を持つということも多様な価値観のひとつです

この根底にある議論は差別は絶対にしてはならないという絶対的な正義があるわけですが福祉や介護など差別が必要な人々がいるという現実を理解しなければなりません

そもそも差別というものは階級別や区別と同じもので差で分けることであり差別そのものに悪い概念は存在していません

ただ歴史的事件によるインパクトが差別という言葉に悪意をもたらしました

その差別的インパクトをもたらす事件を起こしたのは紛れもなく現在の日本の左の人々の差別は絶対にしてはならないというイデオロギーに付随する全体主義によるものであり、背が高い人は背の高さを合わせなければならないから足を切断しようとかなるわけです

これについて深い考察はこのブログのどこかにありますのでここではあまり語りませんが共産主義の臨界点と言うものがご理解いただけると同時に危険性を認識していただけると思います


つまり弱き人々を救うための差別は必要であると同時に岩盤規制などなるべくかえないようにしていたものたちを安易に壊せばその弱気人々の差別をできなくなる危険性を認識しなければなりません


ですので多様性の議論について結論として差別は絶対にしてはならないという前提が間違っているということになります

適切な差別を国民の合意によりもたらすことでしか本当に困っている人々を助けることのできるより良い社会の実現は不可能です


ですので民主主義が機能しなくなる前に既得権益者や統治者たちが早い内に痛みを伴う改革をしなければ問題を直視することすら困難であり、ポピュリズムにより社会は壊れるということです

それは現在のアメリカのようになるということなのかもしれません

その痛みというのはやはり繰り返しになり大変恐縮ではありますが情報の開示であり、既得権に胡座をかいているのであれば少しづつでも大衆に寄り添う姿勢を見せることが必要なのではないでしょうか?


これはつまり能動的に流動性を保つということに帰結します


それは人事でもあり、情報でもあり、資本でもあるとは思いますが国家権力が誠実な姿勢を見せなければどれだけ正しいとしても民主主義により社会は痛みを伴いますし、それは歴史的に見れば現統治者たちが誠実ではないことの証明であり、ボピュリズムと言えど正当な変化、革命であるということになります


更に付け加えるならば国家と個人による多様性は分けて考えなければなりません


栄養不足で頭が回らなくなりましたのでこれについてはいずれ