例えば差別を測る物差しとして声を上げるか試しているとするならば

2019/01/04 例えば差別を図る物差しとして声をあげるか試しているとするならば


こんなことを考えていました


部落コミュニティでは部落民からの寵愛を受ける人と寵愛を受けない人を分けていて、苛められたから部落民が差別したと私のように声をあげるかどうかが、社会に差別が残っているのかという物差しとして嫌がらせや迫害の対象として運命を背負わされて生きている人がいるとしたならばと、、、


その場合は本人には部落民であることを知らせずに嫌がらせをし、証拠の出ていない状態で声をあげるかどうかが物差しとなるのでしょう

つまり証拠のない状態で感覚だけで部落民を悪くいうのかどうかということが分かれ目となるということです

しかしこの計り方では明らかに間違いが起きます

それは既得権益者による嫌がらせが酷くなるということではなく、その既得権益者も感情により生きているということを否定しなければなりません

つまり誰かを愛したり、物事に優劣をつけたり、自分を守ったり、親や仲間を大切にしたり、感覚的に行っている全てを放棄して機械的に行っているコミュニティでなければ上記の物差しは使えない、使ってはならない、それを使うことが強烈な差別や迫害そのものであり、それを対象に背負わせることは本末転倒ということです


なぜならば対象が生きているなかで培っている感覚的なもので証拠は提示できないけど状況証拠や自分に起きている嘘偽りのない出来事は事実であるとしたときに間違いないと声をあげることが差別が残っている証明になるということは既得権益者側の人間もそうでなければならないからです

自分達は特別なのであれば差別をしているのは自分達ですので排除すべきは自分達にある差別心であるという証明となります


つまり声をあげてはならないと言っている人々が恐れているであろうことは本来何ら考えるべきことではないということになると思います

それどころかこの数十年という長い月日を経て、言ってはならないとしてなにか進展はあったのでしょうか?

それどころか言ってはならないことにより社会への悪影響が自分達ですらコントロールできないほどに暴走し始めているのてはないでしょうか?


まぁ、すべて想像の話なんですけどね


部落民のみなさん、差別をやめてください

愛媛でも地元でもお触れが回っているみたいでお化けを見るように見られたりします

実に悲しいことです


これまで強がっては見たもののやはり冬に毎日お風呂に入れるということは素晴らしいことなのだなと痛感しています

野湯があるはずだったのに無くなってるし、寝袋は安物は寒いし、床暖設備は火事になるし、手がお爺ちゃんになり変な臭いがします、、、

これがホームレス臭というやつか

とは言え長年ヒ素を盛られ様々な画策をされ人生を困難にされていたのかと思うとなかなか社会に戻れないことも理解していただけることと思います

更には経団連の下請けの工場で受けた執拗な苛めなどを経験すると数少ない仕事の選択肢から更に狭められています

接客はもちろん危険を伴いますし、製造業は選択できません


やはりこのまま惨めに死ねということなのでしょう

甘んじてお受けしようと思っています

もしかして731部隊の石井という人の子孫なのですか?

科学というものは非道な行いを孕むものなのですし、時代と言えばそれまでですが国家のために尽くしたとは考えられませんでしょうか?そのような酷い行いをしなければならなかった理由は全くないのでしょうか?

とはいえ被害者のことを思うと意識を失いそうです


ですのでなにも考えずにただ惨めに卑しく生きようと思います

ごめんなさい_(..)_


それから友達に責任を押し付けないでください

そもそもオペレーションどころか理念からしてバグがあるものの責任を追わされることはあってはならないと思います

選択肢がないわけですから与えられたもので強制されて責めを追わされることは許されないと思います

まぁ、西洋的な発想ではありますがこれを受け入れないということであればやはり人間ではない機械的な判断によるものということであり、それは731部隊が犯した罪を作り上げた理念と同じものであるということですのでどちらにせよ罰せられるのはそのコミュニティであるということになります