最後まで話を聞かない政治家と最後まで話を聞かせたい頭のいいひと

最後まで話を聞かない政治家と最後まで話を聞かせたい頭のいいひと


テレビなどで徹底討論などしていると頭のいい人々が実はすごいことを言っている

物好きなバカやその道の人々(活動家や政治家)でなければ何度も繰り返し見て理解しようとは思わない

もしかするとその道の人々ですらも見ていないのかもしれない

普通に考えると会話というものはそもそもそういったものなのかもしれないし、その場の雰囲気が大切なのかもしれない

だけど国の方向性などを話し合う場においては雰囲気では行きたくはない

いつも三浦るりさんが話していると途中で政治家が割って入る

話を最後まで聞けとなる

聞いてみる

意味が分からない

いや、頭がついていかない

だから何度も聞いてみた

違う番組などの話も聞いてみた

そしてようやく意味がわかる


このすごいことを言っている人々は過去には魔女とされたり、危険だとされ殺害されてきた

デタラメやまやかしだと言われ、時の権力者達は恐れ、恐怖し、弾圧してきた

その人々は現在の世界ではそれなりの地位を与えられ守られている

だから発言する機会が与えられ、学ぶための空間が用意されている


なんでこの人たちが政治をやってくれないのか

そう思っていてそのうち官僚とこの人たちは仲良しだということに気づく

官僚は頭のいい人々の集まり

この官僚達が日本の仕組みを作っている

日本はほんとにいい国だ


だけどこの官僚より強い存在や官僚だけど国家のことより自分の民族のことを優越する人々がいる

それが部落済州島民

もしかすると在日もそういうことなのかもしれない


官僚が試験で選ばれて部落済州島民は同和枠で行政に入り、腐敗した官僚や職務への責任より民族を優越する人々が悪事を働く

三浦るりさんは多分韓国の血が入っている

だから余計に弾圧される対象となっているのだと思う


まともに会話することは無理だ

バカなんだから

これはばかにしているのではなくて知能の差というものは本当にあるんだ

だけどその人たちにも権利がある


だからやっぱり差別しなくてはならない

頭のいい人たちにもバカな人たちにも適正な差別が必要

同和枠で行政に入り込むのはいいけど権力を与えてはならない

勿論試験に合格して入ればまた話は別な訳で

とはいえ民族的優越を反映させる危険があるわけで


その上で綴っておきたいことがある


大衆を追い込めばインセンティブとなり得ると考えているならそれはもう間違い

資本格差で作られた格差に絶望している大衆は追い込まれても努力できない

報われていない状態で鞭を打たれ、国家や部落民という巨大コミュニティに立ち向かうだけの気力はないし、気力どころか確実に勝てないものに対峙し何を成させようというのか

この発想は被害感情に心を奪われている後ろ暗い感性によるものでコミンテルンに操られた傀儡とすら思っている


さらにゆとり教育という+の電荷に対して負荷をかける、これはプラス×マイナスでマイナスとなる

部落済州島民コミュニティのように被害感情を求心力としたような教育を受けている場合はマイナス×マイナスでプラスとなる

こういった教育や政治の方向性に多々見られる大衆を貶めるような選択がなぜ行われるのか

なぜ誰も疑問の声をあげないのか


なぜマイナス×プラスがマイナスとなるのかについてはこのように説明したい

それはプラスマイナスの性質によるものではなくて人間の表現の仕方にある

元々プラスは書かなくてもプラスなのに対しマイナスは表記しなければマイナスではないという表現上のルールを設定している

だからプラス×プラスをしたときにプラス+×プラス+とはならない

なのにマイナス×マイナスの時にはプラスマイナス×プラスマイナスとなっている

つまりプラス×マイナスとはプラス×プラス-となる

つまり式の表現自体がプラスすることを前提としている

この事が前提となり掛け算を先に行うというルールが通用する

なのでプラス×マイナスは×ことになったマイナスをプラスするとなる

なのでマイナスの物質が何掛け存在するかという式となる


良い思いプラスで尽くしてもマイナスの悪い思いの人がいたら良い思いの人は騙されるだけだから

良い思いで悪いことをすることになる

良い思いを受けて悪い思いの人が良い思いに洗脳されることは限りなく無に近い

なぜなら騙されるかもしれないと思っているマイナスの物質だから


つまり、こういった対象や世代に対する感性の違いを認識した上で行政なりの公的行いを管理しなければならないのに全く違う感性を育んだ部落済州島民コミュニティなどが存在して権力を行使するということは動機がどうであれ反作用することになる

つまり国益を脅かすということ


それどころか嫉妬や妬み、被害感情に心を奪われている後ろ暗い感性によるものであるならばやはりその動機にはいささか疑問が残る


つまり、差別なくして共生はあり得ないということ


この事を行政なり、日本の権力構造の構築に組み込み大衆を煽動するなりしないと格差で起きる分断はやがて民族を分断することになる

その分断を止めることが出来るのが知性による選別だけれど被害感情に心を奪われている人々はやがて知性を弾圧に走ることになる

だから何よりもこの分断の実態を表面化し、科学し、権力に組み込みアルゴリズム化する必要がある


もしかすると日本では長らくそう言ったものが口頭や組織の規律による何となくの言わなくてもわかるという感性により運営されてきたのではないかと思うのですが それが壊れ、もしかすると警察のもぐらがやくざを運営し、やくざのスパイが警察を運営しているといった懸念すら感じなければならなくなっている

もちろん裏で手を握っているというようなことは言うまでもなく、ヤクザや警察といったコミュニティにより運営されているのではなく、この国は民族派閥により運営されているようだ


そんな内部争いなら日本特有のいつものある程度の良識を持った権力争いで笑ってもいいかもしれないがそこにはやはり日本を貶める嘘を教える日教組や経営者のための労働組合を初めとするコミンテルンに操られた傀儡と化している資本主義の仕組みを理解していない守銭奴の活動が目立つ

これはやはり戦争行為であり、政治犯罪どころの騒ぎではないと言わざる終えない


ですが自衛隊の情報ですら漏らしてしまう民族が日本を埋めつくし、まさにその人々が特権を握り日本中で権力を行使している昨今においてだれが取り締まるのだろうかと不安でならない


それどころか国をあげて差別してはならないとしている人々や国のためだと差別を正当化する人々

活動しているほとんどの人々が悪しき存在であるようにすら感じ始めている

これは生物に根差した見えないものに恐怖を抱くという危険回避のためになくてはならない特性によるもので私が悪しき存在であるという説得力を持たせ得るものではない


やはり差別のない情報の開示によってしかこの国は救われないのではないでしょうか?


しかし2019/02/14の虎ノ門ニュースで有本さんがおっしゃっていた広い意味で民族といったようなものを顕在化させることにより好ましくない差別や分断が加速するのではないかということに対して大いに賛成したいと思います

ですのでやはり内部の人々、情報を取ることが可能な人々による清き行いに頼らざる終えないというのが実際のところなのかもしれません

つまりものすごい責任を背負っていただくしかないことのように思います

応援してます


そしてその民族の正当性を担保する根幹にある天皇という存在を一部の部落民という存在が自分達の象徴だとしていることや反対に邪馬台国や湊川人、更には幻のムー大陸まで持ち出して天皇よりも日本足る存在は源氏やモンゴロイドの南方民族だと主張していると言う話を聞いた


そんな中でこういった民族による正当性の主張が混沌を呼び国内の問題を複雑にさせていると感じ、それらはすべて間違いだという正当性を担保するために天皇という存在について考えることが必要となってくるのだと思います

それらはすべて間違いだというのは邪馬台国がなかったとか安部総理が歴史修正主義と言われているのは過去に歴史を修正した人々が言っているとかそう言った問題すら問題ではなく、皇室という存在があると言うことを日本国民ならず、近隣諸国や世界中の人々が認識しなければならない

もちろん諸外国に今さらそんなことを説明するまでもないわけですがなぜか国内では自らの正当性を担保する延長線上に日本足る存在は皇室以外にあるとする人々もいるようです

ですので簡単に天皇が象徴だからとか深く考える必要もなく、このように説明すれば容易いと思います

それは古墳や神社があり、天皇は日本のために祈っていたことはハッキリとしていてその祈りをお祭りにしたり、楽しみにしたり、すがったり、残そうとしたという証拠が日本中にあるということ

多くの民がその為に努力したのだからその先祖を敬うと言うことは皇室が日本足る存在だということ


もちろん例えば卑弥呼とかが存在していて南方民族が日本を統治していたとしてもその人々は残そうとしなかったのだから多分目立ちたくないんだからそっと安らかにしておく方がいい


もちろん皇室や権力による弾圧があったのかもしれない

だけれどもその過去を持ち出して現世で破壊や弾圧や分断を正当化出来るものはなく、千年、二千年という長い年月土着の存在として存在していたという事実があることがまさに何者にも変えられない皇室の正当性であるのだと感じました


話は飛びますがこのGoogleドキュメントに書いているだけで見られているようですが僕のような存在をなぜここまで見張る必要があるのか不思議でなりません

守ってくれているのかもしれませんがそれであれば新しい戸籍と生活をくれれば良いのにと思えてなりません

ややこしくなるから黙れとか言われれば別に素直に聞き入れますし元の生活に戻れないのはこんなごみのような生活をしているからなわけで

とはいえ元の人々との生活には戻りたくないわけで


皆、洗脳されているとしか思えないのですがそう思う僕がおかしいのでしょうか?

このおかしいかどうかについては民主主義的な多数決は適用されるべきなのでしょうか?


とにかく今お伝えしたいことはヒ素を混入されていない生活は精神が安定し、酒がうまいということ


この国を蝕んでいるのは、、、