気のせいか?

朗報です!やっとわかってくれたのかもしれない!


みなさん、長い間ありがとうございました!

やっと地元の人々が僕を認めてくれました!

対応が変わったのです!

僕が王子だということがやっと認知されたようです!


となるとでも思っているのでしょうか?


強烈な電磁波にさらされ家に帰れないので郵便局やクロネコヤマトなどに局留めをした荷物を取りに行くとこれまでとはうって代わって低姿勢になりました

普通の神経の人であれば上記のように喜べないことはお分かりいただけると思います

クロネコヤマト等については正直仕方のない面があります

僕は恨まれても仕方のないことがあるからです

これについて実は冤罪だとかと言った問題は周辺住民の個人からすれば問題ではないですし、会社よりも大きく強い民族というコミュニティの方針に従うことは法治国家ということを考えればあってはならないことではありますが個人の感情が表現されるということは理解はできます

しかし郵便局についてはこれまで折れることはなく、名前や顔により僕の存在に気がつけば声をあらげて対応したり、だみ声になったり、強い感じで荷物を取り扱ったり、様々な悪意のある対応をしてきました

それについてわざわざ綴らなかったのはめんどくさかったからですが突然このように低姿勢でこられると恐怖を感じてしまうのは仕方のないものではないでしょうか?

もちろんこれは過去の経験が物語っていることですのでこの分だけを見ればこの感覚を差別や偏見だと言われても仕方ありませんがこのブログをしっかりと見てくれている人々は理解できるとは思います


もしかするとこのブログを見てくれているコミュニティの人々がいい加減そういう気持ちの悪いことは止めようと言ってくれて低姿勢になったのかもしれません

ただご理解いただきたいのは僕が恐怖を感じることは仕方がないということです


例えば僕が本当にどこかの国の王族やなにかだとしたところで全く慕われていない、組織もない、さらには長男ですらない、資本主義世界なのにお金がない、ということなのに何が喜べるのでしょうか?

もちろん幼少期から被害感情を教育されて差別的な感情をお持ちのみなさんからすれば、過去に良い思いをした可能性が高い、遺伝子が比較的傷が少ない可能性が高い、などなど揚げ足をとればいくらでも出てくるのでしょうが僕個人からすれば全くの無価値です。

それどころか徳川の子孫だか華族の子孫だか未だに真実はわかりませんが幼少期から見張られてなんだかよくわからないうちに嫌がらせを受けて、思いもしないところで嫉妬や妬みの対象となり、ことあるごとに電磁波や薬物の影響にさらされていたということがなぜ羨ましいのか、全く理解できません


全く無実の人もいるのだし、何度も同じことを繰り返していると嘘のように思われるということや見張っている人々からすれば仕事が増えるだけなのでつまらないことを綴るのはもう止めようと考えていましたが、もしかするとついに裏社会と手を組んで殺害計画を実行に移そうとしているかもしれないと感じています

そういえばなぜか高速道路や走っている電車に死体を投げ入れるとバラバラになり死因は自殺になる、と僕に言ってくる人が多かった気がするのですがこれはコミュニティによる画策の一例なのでしょうか?


人間が見えないものを恐れ、恐怖するのは生命の維持に必要不可欠です


こういった感性を差別だということについてはこのように言いたい


サッカーをしている人々をあの集団はサッカーの集団と定義することは普通のことでしょう

同じ民族意識や差別されたという意識で集まっている人々やそのコミュニティによる行いを行う人々をなんと呼べば良いのでしょうか?

部落だということで集まっている人々をなんと呼べば良いのでしょうか?

なんでそれが部落だと分かるんだと言えば僕は共に育ったのだとしか言えませんがね

きっと僕の友達周辺はすごく迷惑を被っていると思います


早く殺せと言っただろう?

ヒ素が少なすぎるんだ

同情をしてはならない

モンスターという漫画を教えてやっただろう?テロを起こすかもしれない、危険因子なんだ!

二十世紀少年という漫画で未来を教えただろう!

これは正義だ、必要悪なんだ

ほらこういうことになる

お前たちの責任だ

お前たちは徳が低い

少し情報封鎖をしてお仕置きだ


などなど考え始めればキリがありません


ただ確かなことは気持ち悪いということだけでしょうか?


そしてこのコミュニティによる民主主義への不審な介入

この事が国体どころか差別されたという強い正当性とアイデンティティの形成を助け世界に蔓延してきたということをやっと語ることができる時代が訪れました

これらすべて情報技術の恩恵によるものでこれまで日本のみならず特定の民族意識のなかに生まれなければ奴隷同然な人生を押し付けられていた大衆も自分で考え感じ表現することが許されるという幸運しかしその事を定義すると、感じ考え表現するということは人であり生物である、となると思うのですが当たり前の権利、なのではないでしょうか?

まぁ様々な事情もあるでしょうが飼っている犬が吠えるのがうるさいから声帯を取る、というような感覚の人にとって見ればあり得ないことなのかもしれませんがね


ありがとう世界大戦

ありがとうアメリカ

ありがとうドイツ

ありがとうエニグマ

ありがとうエニグマを解読した人たち


とGoogleドキュメントに書き残し郵便局に荷物を取りに向かいました

すると山を下り向かう道と反対側に怪しい草木の運搬をする車が停車していました

一応写真を撮り郵便局に向かうと途中でマスクにイヤホンをしている怪しい人がどちらに向かうかの起点となるポイントにいました

そしてすべての信号に引っ掛かりました

不穏なものを感じていると郵便局の前でますくにイヤホンをして暇を潰している長身の男性に違和感を覚えました

郵便局では普通の対応

やはりリアルタイムでGoogleドキュメントを見れるようだと感じた

外に出ると長身の男性はまだいた

目を向けると一瞬動じた感覚がありましたが平気な顔をしていたので少し間をおいて二度身をするとずっとこっちを見ていました

ずっとこっちを見るのは普通の人はしません

なにも警戒していないアピールをする人かなにか興味のある人

この人は一度目の一瞬の動揺から推測するに前者だ


そういえば強烈な追跡が始まったと感じ始めた病院の薬局の前に立っていた人は気付かれたことに気づいているのだろうか?

たぶん気づいていない

いや、僕にわざと気づかせるために行ったのかもしれない

何て楽しそうな仕事なんだ


テロ対策か、、、

税金がもったいない気がする、、、

いや、オリンピックに向けてのね、

予行演習でいじめないでください


蝕まれているのは、、、