第二ゆとり世代の求める天皇像

第2ゆとり世代の僕が求める天皇像


ゆとり世代だからなのか多分他の世代の人々とは皇室や天皇についての感覚が違うように思う

とはいえ同年代の人やもしかすると年上の人々、その中でも自分達は天皇の親衛隊だ!と言い張る部落済州島民コミュニティの人よりも天皇という存在について興味が強いとすら言える

このようにブログに綴るのだからその事自体は紛れようもない事実だけれどそのあり方については大きな疑問を持っている


それは振り返れば明治維新が発端だということになる


これまでも皇室と言う存在は時の権力者に振り回されてきた

もちろんそんな言い方をすると怒る人もいるかもしれないし、皇室からも良いものだとは思われないかもしれない

だけれども僕がいつも歴史に寄り添う皇室に対して抱いてきた感覚というものはある種の弱さやだらしなさだ

戦国時代ではあちこちにつれ回されたり、多分半分脅されている

そしていつしか祭り挙げられ明治以降などは何年間も睡眠薬で眠らされたり、最後の戦争責任だけ押し付けられそうになったり、、

そんな矛盾の中でも陛下自らが全責任は自分にあると言ってのける健やかさが備わっている

僕はその正しくあろうとする思いの根幹にあるものはやはり弱き故の強さだと思う

過去に強い影響力を行使しながらも民に愛されるということは必ず起きる失敗を容認してきたと言うことのように思えてならないのだ

それは皇室にしろ民にしろお互いがそうだったのではないかと言える


一方、明治維新から様子が変わった

それはやはり外敵の存在がそうしてしまったと言える

もちろん過去には中国やモンゴルとも争っている

そして源氏が日本を席巻した


僕は日本と言うと、韓国の血が入っている僕が言うのもなんだけどおおらかな社会だと思う

源氏や忍者といった戦士というようなアイデンティティよりもまさに祈りや文化的な社会であったのではないかと思う

それは貧しくも豊かに暮らしていたように感じる弥生時代や縄文時代を連想するからかもしれない

その頃は大陸から離れていないと言うかもしれないけどそんなことは問題ではない

または、縄文人と弥生人という隔たりを作るかもしれないがそんなことも問題ではない


問題としているのはそんな中で王座を維持してきた存在やその社会がどのような感性で形作られているのだろうかということ


それはやはりある種のルーズさを容認する寛容な社会だと思う


海外からすれば日本の戦国時代なんて兄弟喧嘩みたいなもんだという

そしてそれは事実のようだ


しかし日本人を見回せばわかると思うけど分けようと思えばいくらでも分けることができる

モンゴル系、中華系、朝鮮系、東洋系、東南アジア系、北方系、、

だけど民族ごと虐殺したりはしなかった

そして皇室は存続し続けたという事実がある


つまり僕が望む天皇像というのはスキャンダルや失敗が横行するような存在

情事や間違いが起きて民衆が呆れるような存在

「また陛下がやらかしたらしいぜ」「ほっとけ、いつものことだろ」「いや、今回は我慢ならねぇ、一言言わねぇと奥さんがかわいそうでやれねぇ」とか


だけどいざとなったら役割を果たそうとする、そんな存在


こんな言い方は失礼かもしれないけど昭和天皇や平成天皇に課せられた運命を思うと心苦しくてならない


僕たちは何か大きな過ちを犯しているように感じる


現人神は人間なんだ


日本のために祈ることをやめなかった、ただそれだけなんだ