部落被害妄想

部落民の被害妄想もうひとつ見つけた


最近まで気づかなかったことがある

部落民は肉を食べることについて後ろ向きな思いがあるらしい

これは屠さつと言われる命を奪う仕事を差別されてやらされたという被害感情が発端だと考えられる


ある女性と話しているときに俺は普段野菜しか食べないと言った

するとなんだか顔がひきつって青ざめたことがある

なんだ?と思ったけど変に気にするのも失礼だなと無視してた


しかし最近その屠殺についての被害感情のことを知り納得がいった

が反対に納得が行かないことが増えてしまった


それは元々そういう被害感情があることを知っているなら気を付けることもできたからだ

しかし特にそんなことは知らずに生きてきた

それに僕が普段野菜しか食べないのは貧乏だからだ

そしてそんなヘルシー志向は何だか女性に持てそうな気がしていた

家庭も貧乏だったから肉はご馳走だったし、それが特別だとは思わなかった

勿論毎日ではないがシーチキンにご飯だけ一日一食を食べてる奴もいた

野菜しか食べないことも僕にとっては普通のことだ

それどころか村八分や迫害や弾圧の対象にしておいて貧乏な生活をさせて喜んでいる人々が、貧乏だからとは言わなかったが普段は野菜しか食べないと言ったところで傷付かれても迷惑きわまりない

その店でも明らかにヒ素を盛られた

しゃべる事が出来なくなるくらいに、、、


こう言ったような冤罪というかなんというか

こんなことを正当化して傷付いたとすることが果たして何の意味があるのだろうか?

僕には不可解きわまりないことにしか思えないし、世界中を見ても不思議に思われることが多いと思う

そればかりか先進国などでいえば明らかに不信感を持たれることだろう


こういった不審な存在がいること自体は仕方のないことだと思う

治安が悪くなればもっと悲惨なことも起きるだろうし、中国人の流入が加速していけばそれどころかこういった行いで守らなければならないことすらもあるのかもしれない

勿論僕が在日として流入していると感じての行いなのかもしれない

だけれどもこのような行いをする人々が国権に近い存在であり、民主主義を歪めていることによる国民への不信感や不全感を与えることによる弊害を考えてみてほしい


それはただの損得計算でできるものではない

しかし確実に大きな損害をもたらしていることが容易に想像できる

そればかりか国内の人的資源によるイノベーションなどが大きな国益になる社会設計が世界を接見し始めているなかで三流国で貯金大国日本は高齢化問題や年金の運用失敗と悲惨な未来をただじりじりと待っているだけだ


戦後の歴史を振り返ってみれば国内の民族争いのためなのか国民を賢くならないように長生きしないように元気を奪うようにわざと構築されているのではないかと感じるポイントが至る所に埋め込まれている

それは普段の生活での注意点から権力構造に至るまで

ありとあらゆる場面で民族差別が常態化している

同じ日本人なのにだ


こんなこと言いたくはないけど僕のような在日の一族を日本人でないと部落コミュニティが弾圧しているのだとしたら不思議でならない

部落民だって元を辿ればハーフだろう

それはユダヤ人だとかモンゴルだとか済州島だとか


僕は中学生の頃に自分が韓国の血が入っていると知ったときにはなんとも思わなかった

写真に写った母のチマチョゴリ姿は何だか気味が悪かったが古い写真で異国の衣装に身を包む母というのは思春期には何だか不穏に感じても仕方ないと思う

これは差別などではない自然で素直な反応だ

だけどそれ以降はむしろハーフという何だか特別な存在になった気がした

しかもハーフと言えば白人を思い浮かべなにか良いものだと言うような感覚を同世代の日本人であれば理解してもらえると思うが自分はハーフだと言った後に韓国のというと、意味ないじゃんと言ったようなネタに使えて楽しかった


未だに一体何がこの国を包み込んでいるのか意味がわかっていない


なぜ言ってはならないのか、なぜそんなに封印したがるのか、なぜそんなに傷ついているのか


僕には洗脳された人々がなにか得体の知れないものを恐れているようにしか見えなくて、そしてそのなにかを包み隠しているその様こそが陰気で不穏で恐ろしいのだ


いつか綴った青ざめた顔で僕になにか言いたそうな何だか話の運びが不穏だと感じた友達は頭が剥げるくらい殴られていた

その友達は僕のブログのことかなにかでとばっちりを食ったんだと思う

僕は自分が部落民であると知らなかったんだ

兄に聞くとなんかそんな雰囲気だったけど隠したいのかよくわからないけど深く聞くようなことでもないし、僕的には本当にどうでもよいことだったから問い詰めはしなかった

その友達が盗聴機を持ってスパイに来たときに俺も部落民だと思うと言ってみた

わざわざ言うのも何だかなぁと思ったけど多分ブログと頭の傷がなにか関係があると思ったし、異様に不自然だったからだ

一緒に過ごしているうちに自然と部落民だと思っていたし、自分もそうだろうとは思っていた

だけどその友達はこう返答した

「あっ、うん、え、あ、そ、そう、そうなんだ、そのー、それなんだね、、、」

「お前は?別にどっちでもいいけど」

「、、、」

「別にどっちでもいいよ、言わなくてもいいよ」


僕は思う、部落差別は本当にあるんだ


彼らの心のなかに


誰が部落民を悪くした?


何が済州島民を悪くした?


何で劣等感を感じた?


何処を悪いと感じている?


他の民族に劣っている所は何処だ?


劣っているとしてそれは被害感情を持つべきものなのか?


劣っているとして他人を貶める正当性は何で担保している?


なぜそれらについて被害を感じている人々に被害教育を施す?


もし被害を与えているのなら教育が必要なのは被害を与えた方ではないのか?


何で彼らが苦しまなければならない?


この国は狂ってる


あべこべなんだ


何故なのかは知らない


誰も教えてくれなかったし、気付かなかったから


そういったことを軸に電磁波攻撃で細胞を傷つける正当性を担保しているのだろうか?

国家権力への不信感が止まらない


言ってはならないのに普通に存在したらダメでしょ


全く存在すら感じることがないのならわかるけど日本中で闊歩していて言ってはならないってどうやって子供に説明するんだろうか


日本の権力そのものなのに、、、