レッドカーペットでの出来事から見るアメリカの意思表示

レッドカーペットでの出来事から見るアメリカの意思表示


https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190429-00000024-cnippou-kr

ざっと説明するとそのままなんだけどいつもは同じレッドカーペットの上で写真撮影するみたいなんだけどトランプ大統領がストップと制したらしい

この出来事を屈辱だと報じているけど僕は屈辱的だとは思わない

この出来事は長年アメリカに対して配慮をし続けた日本に対しての日本はアメリカと同じ舞台に立つべきだという意思表示だと感じた


最近は聖書ばかり引き合いに出して申し訳ないけどまさにアブラハムとロトの物語を思い出す

初めはアブラハムに付き従うだけのロトも時を経て多くの資本や連れを従えるようになった

ここでの情緒などについては想像するしかないけど確かなことはアブラハムはロトに別々の道を歩もうと言った

つまりある種の独立宣言と言うことではないだろうか?


戦後の日本は長らくアメリカの子分のようだった

だけれどももう自分達で軍を持ち自分達で国を守り自分達で意思を持つ

それがお互いの為でありフェアな関係でありそうするべきだと


でなければ当たり前に従属しているものとして対応するべきだと


ただし気を付けなければならないのはほんとに攻められたりはしないだろうかということ

もちろん国際社会の目もあるしということはあるけどこればかりは分からない


皇位継承やこれからの日本のことと多くの変革が迫っている


これからはアメリカ国民にお金を払って代わりに死んでくださいとも言えない時代が来ているのだと思う


もちろんこれは僕が勝手に感じたことだ

だけれども実際にアメリカは世界平和だと多くの戦争をしてきた

それについて僕たち日本人は白人は傲慢だとかいろんなことをいっている

僕たちはもちろん戦後のGHQの言うことを真面目に聞いていただけなんだと言うこともわかる

だけれどもこの国は大切な何かを忘れていると思う


それは三島由紀夫先生が命を懸けて訴えたかったものなのかもしれないと感じた(僕は御著書を拝見したことはない)


そしてそれは戦前の日本では当たり前にあった礼節なのかもしれない