主はどこへ消えたのか

主はどこへ消えたのか


聖書を読んでいてまだ全部は読んでいないけれども所々SFみたいになる

明らかに高い文明を持っている人々が登場するからだ

その人々が主と呼ばれている


普通に考えると遥か昔に氷河期の時代に生き延びた高い文明を持つ人類であるだとかもしかすると最後の氷河期以後の高い文明をもっていた人々なのかもしれない

どちらにせよ到底嘘だとも思えないしそれにより多くの事が説明できる

この説を信じればこんなこというとプロテスタントの人に怒られるかもしれないけどキリストさんはある意味で命を投げ出したことも凄くないと言える

なぜなら原始人みたいな人のところに現代よりも高いと思われる技術を学んだ人々がやって来て未来や奇跡と思われるようなことを披露したからだ

当たり前に奇跡だと感じたはずだ

神は存在したと


その主がいわゆる原理主義的な旧約聖書を見てこれは不味いと感じた

このままではただの力が全ての世界が続いてしまう

だから新約聖書、新しい奇跡を見せることで理念の方向修正を図った

もしかすると方向修正するためにみんなに読んでほしくてSFっぽくしたのかもしれない

どちらにせよ新約聖書のもたらす効果は大きい


だけれどももし主が本当に存在したとするならば何処に消えたのだろうか?

これには様々な憶測ができるだろうし人類史最大のミステリーとも言える

挑戦するだけの価値があるように思う


聖書を読んでいて気がつくことは何やら特定の人間を主の使用している機械的なものに触れさせたりしている描写があることだ

その非現実的な様を見てヨハネだったから誰かは夢を見たと表現している

そして違う日にまた夢を見てそこでは同じ村の人が主と行動を共にして機械を操縦していることが綴られている

ヨハネは後に聖書を書き直したりすることだけはしてはならないとしていることなどから誰かが修正を加えていた箇所があることが伺える

想像だけど夢みたいだという表現が夢になったりしたのだと思う

更にはその時に見せた未来の映像、これは夢と表現されているが夢ではなくテレビなりホログラフィーなりの映像だと推測できる


ここでフォーカスしておきたいことは主なる知的生命体は技術の伝承をしようとしているということ

これは何を示唆するのだろうか?


ここからは完全に想像の話になるのだけれど主はきっとなにか事故が起きたんだ

現代の部落民などの活動からもわかるように完全差別社会が幕を開けようとしている

完全に分離されこのまま数世代経てばその存在すらもわからないくらいに区分けされた文明を持っている存在と文明を保持できない存在とに別れていく

そうなって起こることは全く存在すらも認識することのない世界

それは優しさなのか復讐なのか


しかし文明はあるときに崩壊を始める

それは技術の伝承が出来なくなったとき

例えばだれもが幸せすぎてやる気がなくなったらどうだろうか?

特定の人々だけがとても高度な知能を持っていたとしてその人々が絶えたときに残された人々は技術を維持できるのだろうか?

例えば原子力のようにたった一度の失敗が壊滅的な被害を与える事がないだろうか?

僕はこれこそがムー大陸の消滅やノアの箱船の真実だと推測する

大洪水を起こしたりしなければ地球へ壊滅的な被害を与える核融合などが起きるほどの事故に見舞われたとか

そして文明を保持できない人類を一応救った


だけどここで問題が起きたんだ

自分達もこのまま衰退していくことはやむを得ないほどに被害を受けた

そこで考えたのが労働力や才能がありそうなめぼしい人を選りすぐった

そして教育したんだ

その一人がイエス・キリスト

そして彼は役割を全うした


もしかすると消えていると思っているだけで主はまだ見ているのかもしれない

また地球が破滅する位に危険が迫るまでは自由に遊ばせてあげようと言うだけのことなのかもしれない

文明の維持ができなくなったのかもしれない

ノアの洪水は原子炉を冷やすために大洪水が必要だったのかもしれない

主は人類に紛れているのかもしれない


全てが妄想だけども確かなことがある


聖書には一般の人が知らない秘密が隠されている


その事実を知っているのは、、、