豚を食べてはならない理由

豚を食べてはならない理由


旧約聖書にある食べてはならないものについて人類は様々な見地から語り合ってきた

その多くは宗教上のものであり科学的根拠はないとされてきた

つまり主という神を創造した人類のオナニーだということだ


僕はそんな侮辱的な感性を持たずに主とは完全差別化していた高い科学的知識を持つ人類だと考えている

なぜなら地球上にいる限り人類や知的生命体は必ずエネルギーや食料問題に辿り着くからだ

必ず辿り着くということは必ずどこかで人口の抑制などを考える必要があるということ

これは同時に完全に差別された区分けをしなければならなくなることを意味する


つまり現在の日本での部落民による洗脳を考慮した選別などもこうした普遍的な反応であると断言できる

文明を維持するのに一番の敵となり得るのが人類だということ

つまり二十世紀少年のような世界の到来は来るべくして来ているとも言える


これについてはすでに別の記事で完全に不必要な心配であることについては綴っている

つまり本当にそんなことで人口を削減しようとしている気持ちの悪い宗教は気持ち悪いとしか言えない

これについては



ではなぜ豚を食べてはならないのか

多くの学者たちは豚を食べると体に悪いのだろうということばかりに目を向けている

しかし僕が提唱したいのは反対だ


豚は体に良すぎるし人口を爆発的に増やすほどの高効率な栄養源となる

さらにはその栄養価から来るエネルギーは人類に痛みをもたらす

もちろん元気になるのだから良いではないかということについて異論はない


問題は認識しているかどうかということである


野生の豚は比較的食べることは少なかった

というのは豚は食べる以外に使い道がないからだ

つまり餌ばかりかかるだけでなく柵などを壊す突進力を持っているので家畜としては不向きなのだ

豚であるならば地を耕す牛などの方が良い

さらに野生の豚は比較的痩せておりヤギのようで肉は少ない


しかしこの豚を多く食して来た人々がいる

それが山岳民族だ

日本では部落民と言われる人々は様々な理由や先祖代々山の中で生活した

その中で猪は大切な蛋白源だった


ここからは推測になっていくが現在の部落民とされる人々はいわゆる暴力的な人々が多い

この特性を差別の影響で遺伝子がどうだとか様々言われているが僕はこう考えた

豚を食べると元気すぎて闘争的な人格になると

そしてそれが世代を重ねると性質となる

流れ作業への苦痛感や先端恐怖症などはまさにこの特性によるものだと思う

その事が悪いと言いたいわけではないし聖書では7の世代食べなければ穢れは晴れるとある

この7の世代というのは幸福な世代と解釈してみるとつまり飢えたりしない限りは食べるなということだと解釈できる


聖書ではSFかと思うような描写がいくつも出てくる

しかしそのどれもが現在であれば何となく想像できるものたちばかりなのだ

そんな高い知能を持った主と言われる人々が食べてはならないとした理由

これはきっとなるべく平和な時代を保つようにと配慮したに違いないと感じている


その事を考慮した上でユダヤ人がなぜこれほどまでに様々な困難に合いながらも世界で無類の地位を築くほど優秀な人々が多いのか

それも何度も何度も二千年に渡り迫害や弾圧、絶滅の危機にすら直面しながらまた世界を牛耳っていると揶揄されるまでに繁栄する

もちろんその辛い歴史が彼らをそうさせたというのも簡単だ

だけれどもそれだけではなく聖書に書いてあることを大切に守る人々による社会的、遺伝的優越性がそれらを確かにしてきたのだと言えると思う


そして終末戦争にはこうある

ユダヤを名乗るユダヤならざるものが現れると


これはなんだかんだ世言めいて聴こえるかもしれないが主という存在が現代の科学力よりも高いものを持っていた存在であるとするならば必然的なものとして説明することができる


つまり元気になりすぎて反映していく過程で繁栄しているユダヤ人を見て元気になりすぎた人々はすがろうとすることは必然的だということだ


そして彼らはこういい始める

我々はユダヤと同じ民族だ


もちろんその元気になりすぎた人々も繁栄する

これはなんの不思議もない不変的なものだ


さらには確実に辿り着く人権意識や元気すぎる人々が多民族を弾圧迫害洗脳しようとすることも必然的に生理的にごく自然に起こり得ることであり想像に容易いことだ


さらにはその主とされる存在が同じような歴史を持っているとも考えられる


そしてここで二つの未来がある

完全に差別的な社会を形成するか、分配をするか


答えはもうでている

聖書の登場人物と主の存在の関係性がそれを指し示している


完全な差別をするしかない


だから最終戦争が始まる


ユダヤを名乗るユダヤならざるもの出現によって