2019/05/18/08:53 広島太郎の存在がなんなのか知らないけどの親戚だかなんだかということや何かしら一族の隠された歴史のことで被害妄想を求心

2019/05/18/08:53

広島太郎の存在がなんなのか知らないけどの親戚だかなんだかということや何かしら一族の隠された歴史のことで被害妄想を求心力としている反日部落コミュニティから三世代に渡り嫌がらせを受けている僕が友人と思っていた人たちとの会話を持たせるために実践していたこと


これについては全く効果を発揮しなかったことを先にお伝えしなければならない

今にして思えば納得の行くものなのですが僕と同じ立場にたたされた場合は同じ失敗をすると思う


というのも何を実践していたのかというと相手の発言をしっかりと認識し共通認識を育むということ


これは自分が虐められているということが理解できなかった故の失敗であり、更には過去に差別されたから考えるのが苦手なんだという被害妄想を植え付けられている(個人差があるだけだし全体的にそうだとしても何も卑下する必要はない)彼らからすれば勘に障る行為だったようだと35年の時を経て気が付いたのが今朝のこと


被害妄想洗脳を受けていない自分からすれば特に目上の人の話をしっかりと聞き真意を読み取ろうとすることは必要なことのように思い深堀して聞き返していた

これをすることで比較的、間や会話の内容に関わらず永遠と話すことが出来る

朝までヒ素を盛られたお酒を酌み交わしながら一気飲みと言われる急性アルコール中毒や腎臓を初め内蔵への負担が計り知れない愛の鞭を有り難く頂戴し、疲弊し絶望感が度々襲う朦朧とした意識の中で失礼の無いように振る舞うための技術だったのだが逆効果だったようだ


しかしそんな中でも気持ち悪いコミュニティの気持ち悪い掟よりも個人的に僕に興味を持ってくれる人や好意的に接してくれる人には効果的だったように思うのでいつも下らない愚痴に時間を咲いて覗いてくれている皆さんにこの必殺技を伝授しようと思う


繰り返しになりますが被害妄想的な人やあなたに対してコンプレックスや嫉妬や妬みが存在してしまい押さえられずにヒ素などを盛ったりする社会的に不利益な人や気持ち悪いコミュニティによる気持ち悪い掟に逆らうことができない可哀想な人々がいる場合は逆効果となることをご理解いただきたい


人は誰でも興奮したり話したくなるときがある

特に儒教的な社会ではあなたのことを見下すというか対等というか抑圧されていない環境を待ち望んでいる人はその発散をあなたに求めてくる

これは何も悪いものではなく会社や家庭のストレスや不安や恐怖を背景とした反動だけでなく溢れ出る喜びや高揚や有頂天を信用のおけるあなたに受け止めてほしいと言うこと他ならない

ここでまず考えなければならないのはそんな冷静な対応をしている時点で同じステージには立てていないと言うこと

つまり既に精神的な裏切り行為と言える

本当に心から相手のことを思うのであれば同じ気分に自然となる

これは毎日一緒にいる友達などは自然とそうなることが自然の摂理のようだ


しかし社会に出てみれば毎日の仲間以外との会話に馴れていない人や人見知りを初めとする緊張感のある場面に出くわす

そんな場面に出くわした時こそ共通認識を育むということが冷静にいられることを容認してもらいながら頭をあまり使わなくて済む必殺技なのだ


それは簡単に説明するとそのままになるけど相手が言っていることの情動の本質を探ると言うこと

ストレスも高揚も同じで実は人間同士は全く違う世界に生きている

それは顔を合わせた瞬間に至るまで違う時空に存在していたのだから当たり前のことなのだ


お客様との対応をしたあとの人や彼女とラブラブした後の人

部落民にヒ素を盛られ生きてきた人生の途中の人や先祖の恨みを現世で晴らして殺人をみんなで行い一人一人で考えれば小さな傷害罪だから気持ちのいい正義だ必要悪だと天皇の親衛隊を気取るけど全然認められていない反日部落コミュニティに抑圧されている現実から目を背けて自分を騙して作り笑顔で行政で民族差別に対応してきた前歯すきっぱを差別のせいだ被害だと言いながら高い給料をもらっているのに治療をしないヒ素を盛ることが幸せの一部になっている悪魔崇拝者と共通認識を育んだ後の人など千差万別の時空が存在する


そんな様々な人でも喋りかけてくる人は必ずといっていいほど何かしらの感情が根底にある

辛いのか楽しいのか様々だけど確かなことは相手が話していることの周辺にポイントがあると言うこと

そのポイントを指摘することで相手は心が楽になる

例えばにやにやしながら彼女の話をしてくる人はのろけたいのだ

彼女といたいけど彼女がいない時間をあなたと過ごしている

なのでせめて彼女のことを考えたいのだから彼女の話を聞くに限る

ヒ素を混入したあとに作り笑顔で変な間を作ってくる人々はほんとは罪悪感に苦しんでいる

お互いに仕方なかったんだという共通認識を育み傷を嘗め合うのが最も相手の意に沿う


このように会話というものはなにも考える必要がないのだ

溢れ出る感情がある人が反復する手助けをするだけ


つまり最も問題なのはお互いが全く何の情動も持ち得ない状態で相手も気を使っている場合に遭遇すること

多くの人はこの状態を経験して会話の間が持たないとなっているのだと思う

しかし実はこの状態こそが一番距離を縮める好条件であり運命的な出会いなのだ

まさにそのどうして良いか分からない気を使うという同じ共通認識を既に構築しているからだ

なので素直に話すことで問題は解決する

そんなハニカム感じを悪くとる人はいないだろう

悪くとったと感じる場合は何かしら不安なことがあるかコミンテルンである可能性が高い

コップの中の成分を調べる必要がある


そして更にそれを越えた究極の必殺技がある

それは気を使わずに楽しむということ

その楽しんでいる姿を見て人々は楽しくなる

悲しんでいる姿を見て人々は悲しくなる


しかし注意しなければならない

僕のように差別や迫害や弾圧のなかにいる存在は感情を表に出すということがすべて反作用する

楽しめば妬まれ、悲しめば喜ばれる

そんな中で相手のために気を使いヒ素を盛られて喜ばれているのではどうしようもない


母親のように殺される前に気がつけて良かったというに尽きる


ここまでで理解してほしいのは論理や理論も感情が基点になっているということ

それは考えること自体が人間の好みや感覚に由来しているからだ

その感覚を相互控除や社会契約などに変化させているだけなのだ

その当たり前の前提が見えなくなっていることこそが現在陥っている穴であり、まさに人間がパンドラの箱を作ったということに他ならない

そして目的であったものを手段にすり替えて構築された文明社会

もちろん気持ちは暴走もするし不確実性が高い

しかしその不確実性の中にこそ人間らしさがあるのであり価値を決める根源的なものがある

それはDNAと表現されるものなのかもしれないし社会契約や相互控除の精神による生存戦略なのかもしれない

ヒ素を盛ることが自らを守ることになるのかもしれないし日本をおとしめることになるのかもしれない


だからこそ人間は語り合い共通認識を深めなければならない

言ってはならないこともあるだろう

だけど問答無用で言ってはならないとすることはどういうことなのか

その事を真摯に感じてほしい


人間社会に右左や感情や論理が第一に掲げられるべきものなのだろうか?


そこにあるのはみんなが生きているという現実だけなのだ


日本という和を運営する以上、日本という和を犯す和を作り出し被害を与えるものはどの方から正当性を鑑みても加害者にしかならない

それが他国への帰属意識を持ち活動するものであれば戦争犯罪人と言わざる終えない