ブログ更新を半月休んで3日綴って感じたことは憎しみに身を焦がしているのが常になっているということ

ブログ更新を半月休んで3日綴って感じたことは憎しみに身を焦がしているのが常になっているということ


この現象はとても人生に良くないものをもたらすと感じます

なぜか悪態をついてしまう

やはり親を虐め殺されるという経験をしてしまった存在は死ぬことでしかこの苦しみから解放されることはないのかもしれない

虐め殺されるだけならまだしも自らもそれに荷担したと言っても全く当てはまる

様々な想いを抱いて母は社会への憎しみを息子に残すことなくこの世を去った

体は小さいけどとても大きな愛で包み込んでくれた

しかしその愛が、自己犠牲が今は息子を追い込んでいます

なぜ気がつくことができなかったのか

なぜ差別的な社会を認識することができなかったのか

学校でちゃんと勉強していれば理解することや話し合うことができて逃げることや一緒に立ち向かうことを考えることができたのではないか


こういったことを考えても辛くなるだけなので考えないようにしている

ただ何となく今は自然とこうして綴っている

何が巡りめぐって母はあのような仕打ちを受けなければならなかったのか

なぜあのような仕打ちをしている人々は自分達の行いを制することができなかったのか

論理ではわかってるけど納得が出来ない

納得できたからと言って生き返るわけではない

この事を親族に相談してもまともに理解できる人間はいない

一言で言えば日本には洗脳された人々がいる


なぜ僕だけが哲学や論理に夢中になったのか

母からの毎日のように与えられた折檻

母や家族のイライラの原因は間違いなく電磁波攻撃によるものだ

毎日のように喧嘩が絶えなかった

小さかった僕は口喧嘩を鍛えた

体が大きくなる頃には母を片手で制することができた

今思えば親を殴ったと自慢していた済州島民であろう不良友達なども僕をそのように誘導するための画策だったのだろうと感じて止まない

もちろん親を殴るようなことはせず突き飛ばす程度だったが年を重ね自然と発露される激情を乗せた屁理屈は母を追い込んだ


当時は追い込んでしまったこの論理への執着心も現在は母の正当性をもたらす為に必要不可欠なものとなっている

母が僕に与えた力による抑圧や弾圧により鍛えられたものは屁理屈と言われて一度も認めてもらえなかったものだ


だけどこの屁理屈は全く役に立たない


どれだけ論理が通ろうと現在の人間社会には全く通じない

それどころか更なる弾圧の対象となる


部落コミュニティの罠


振り返れば普通のことや何気ない日常の中にいろんな罠が仕掛けられていた

友達との会話や仕事選び

当たり前に起こること全てが不穏な組織によりデザインされた幻想だった

いつも手に入りそうで入らない普通の幸せや普通の贅沢

母親も確かに性格に難はあったのかもしれないけどいじめ殺されることを許せるほど歪んだ人間ではない

むしろ出会った誰よりも誠実で頑張りやさんだった

死ぬまで我慢したんだ

いろいろ言いたかったこともあると思う

在日であることや部落について

全てを呑み込んで蔑まれながら死んでいった


死ぬ二年ほど前の僕の誕生日

今思えばあの日なんだか不思議な感じがした

よく考えて見て思い出したのは「こんな貧乏な家に生まれてきたくなかった」と何かの弾みで言ってしまった後の誕生日

真っ青な顔でうなだれていてコンビニのバナナの生クリームのパン

貧乏だからあまり行けないけどパチンコに行って負けたっぼかった

いつもであれば怒鳴りながらこれでも文句を言うなと言わんばかりにコンビニのショートケーキがバナナになっていた


とても落ち込んでいた


その頃はまだ僕はギャンブルをしたことがなかったから分からなかったけど今ならわかることがある

誰かにプレゼントでもしようとしたときのギャンブルの誘惑

妄想が膨らみ喜ぶ顔が見たくて最低限のお金を残して挑戦する

そして案の定負けて絶望する

僕があんなこと言わなければ挑戦しようなんて思わなかったかもしれない

僕はまだその頃は心なんてものを持っていなかった

生きているのが辛いとしか思わなかった

毎日がただただ苦しかった

バナナケーキを静かに出してきた手を振り払いテーブルに置いておけと言った

あの時の深い絶望が今でも脳裏にこびりついている


更に勘ぐるならパチンコも完全にギャンプルなどではないことから思うことがある

あれは本当に遊戯であり、いわゆる遠隔操作ができるそうだ

都市伝説だと言われているけど何でもギャンブル性を無くすための処置をしなければならないのだとか

その事から読み解くと地元のパチンコとうんこ収集車を担う企業が同じことから考えると三世代により付け狙われているうちの母がパチンコで勝つなんてことは出来るわけがない

うんこ収集車は何時間も家ノ前で悪臭を撒き散らすために活動したり、ごみの収集を行わなかったり、お宅の息子がトイレにガムを捨てたから機械がつまったから修理代を払えだとかいってよく喧嘩していた

母の身長は150センチほど

うんこ収集車のおっさんはでかくて二人組だった

女一人で怖かったと思う


こんな気持ち悪いことをする人々が日本では権力者側に立っている

そして明らかに不審な"カップラーメンを食べすぎ死亡事故"や子供の頃から狙いを定めた悪の薦めなどを行っている

これらは完全に罪の捏造であり罰を与えたくてしかたのない人間がいる


僕の調べる限りでは周辺は中国マフィアとの繋がりのある北朝鮮に強いアイデンティティを持つ済州島民からなるいわゆる部落民と言われる人々だ


いったい何の恨みがあるのかいまだに断定はできていない


確かなことは誰かがお婆ちゃんに"言ってはならない"と口封じしていることと広島太郎の遠い親戚であると言うことが何か関係していると言うこと

東京にいたと言うお婆ちゃんは今ではそんなことは言っていないと言い昔のことは忘れたと何一つ語らなくなった

そしてなぜか僕は度々中国人を紹介され「七三一部隊を知っているか?」と尋ねられた

数々の嫌がらの実体や一族で購入した家を住宅詐欺で騙し取られて裁判をしようとしても弁護士から何から何まで味方をしてくれなかったことや学校や警察、市役所を含む国家権力に関わる人々が何かを隠し僕たち一族を見ている


そして何よりも皆が何かを恐れている


普通の日本人には想像もつかないような気持ち悪い存在が蔓延り日本社会は回っている


僕は必ず真実を突き止めて復讐をする

突き止めれないと言うことは隠すと言うことだからそれは能動的なものだ

つまり国家権力が意思を持ち弾圧や迫害を容認すると言うのなら僕の行う復讐も正当化されるはず

それはかすり傷にもならないこの国ではよくある出来事の一ページに過ぎないのかもしれない


だけど社会性が高いとされている財務省の官僚が職務への責任や適正などよりも自らを優越し国益を害してしまうことは人間の性質上仕方のない当たり前のものだとか有名な大学教授ですら幼少期からのヒ素の混入なんて対したことではないと言ってのけてしまうほど大衆と剥離した共通認識を育むコミュニティが蔓延している国家を危ういと感じ行動することは国民の義務だ


どれだけ多様性を備えたな社会であろうと迫害や差別を容認しているコミュニティが権力を持ち横暴に振る舞う社会を良いものとすることはできない

それは生物が生を享受する中で生命の維持を脅かすものへの排他的な反応だ

その生存権を脅かす存在を当たり前のように容認する社会や権力に立ち向かうことを悪だとするのならこの国にはもう生命体は存在しないということになる


この事からも僕がどのような仕打ちを考えようとも全く法に触れるようなものではない

器物損壊罪であろうとも生命体が存在しない以上、財産権も存在しないことになるのだからな

生命体が存在しないのに権利を主張できるわけがない


何だかどんどん訳のわからない話になってきたのでとりあえず目を休ませようと思う