上念司さんが極右と右は違うといっていたち

上念司さんが極右と一緒にするなといっていた

僕達一族に起きたことが極右による犯行なのかは分からないけど僕のブログを読んでくれたものだとしてこの事を伝えたい


右と極右の違いとはなんだろうか?


結論からいうと暴力や恐怖を背景とした活動の実体があるのかどうかだと思う


僕の経験では様々なことが行われてきた

殺人の冤罪、生まれる前からコミュニティ内で口裏を合わせて弾圧する家族の見張りやストーキング行為、その家族への公的期間も含めた地域社会からの嫌がらせ、ヒ素の混入、集団暴力、盗聴や罪の捏造、電磁波攻撃

これらについてお爺ちゃんが韓国人である僕に行われているということは極右による犯行だと言うことになっているのだと思う

正直僕もそう思い始めているし大方間違いのないものだと思う


しかしここで僕には大きな疑問がある

それは全てが極右によるものなのだろうか?

結論からいうと全てが右と言われるコミュニティによるものだ

つまり極右だどうだということは問題ではない


右と言われる人々のこういった活動の背景には宗教を利用したものや公安警察を利用したものなど多々ある

しかしこれらの活動の背景にあるものは恐怖や苛々を人口的に作り上げ対象を弾圧するということ

つまり極右とされるそれと何ら変わらないものにより統治しようというもの


こういった行いが必要なのは法で裁ききれない対象への抑止を狙ったものだと思う


では僕の場合ではどうだろうか?


殺人とは言えないけど死に携わったと考えられるような現象が起きたことやコミュニティによるもの子供の頃からの画策により人生を操られてきた

それら全てが画策されたものであり母と同じことが僕に起きている


それら全てに携わった人々が極右だというのだろうか?


それはあり得ない


多くの人々が普通の人であり、只なんとなくコミュニティの言いなりになり行っている

勿論その人々が悪だというつもりはない

しかしその内部に存在する極悪と表現できるような人々

それを極右とするのか何なのかは分からないけど右の思想、いわゆる統制された組織による強権的な行いの影には必ずといっていいほど内部に存在する極悪による悪事が行われてしまう

それは権力の差が情報の差である以上、特権を行使する存在に力が集まりそれらの優越的な立場にある存在による悪事を是正することはできず、北朝鮮などで見られるような粛清以外の制止方法が存在しない

公的な電磁波攻撃などの情報漏洩が犯罪の温床となることは容易に想像ができるのに同じコミュニティ内の人々であることにより捜査が及ばない


なぜなら手の内がバレているからだ


そして弾圧されるのは他のコミュニティの人々ばかり

そればかりか罪を捏造され更なる犯罪を呼び起こす

その悪しきと表現できる人々や極悪と表現できるような人々へは電磁波攻撃などによる弾圧は行われない


なぜなら手の内がバレているからだ


これらのことからわかることは右と極右は同じものだ


勿論上念さんの言いたいことはわかる

その根幹にある動機には完全に違いがあるはずだ

それは人間が生まれながらに良いとされるものかどうか

しかしそのことも突き詰めていけば人間の内心は分からないということにたどり着く

極右とされる人々が日本のために在日を根絶やしにするべきだと愛国心から弾圧しているとしたときにそれは悪とされるものなのだろうか?

つまり善悪というものはコミュニティに由来する

コミュニティ同士でのバランスの問題

ボーダーラインはここですよね!という共通認識が育まれているかどうか

そこに全ての正義の端が発することになる

ボーダーラインが違えばお互いが善だ悪だといい始める


つまり上念さんの言いたいことは重々承知の上で言っておきたいことは被害にあった存在からすれば右と極右は同じものだということ


この現象は必ず起こる

しかし右と言われる人々が勝利を治めるときがある

それは決まってひとつのことを成し遂げたときだ

自らを疑い自らを奮い立たせる


ヒトラーを題材にするのはよくないことかもしれないけど彼は自分達で喚起することを辞めなかった

仲間に熱い思いを語り続けた

内部で矛盾を許さない

その姿勢を見て人々は求心力を感じ集まってくる

それは例えるなら猿のオナニー

大恐慌という現実から目を背け熱い思いをぶつけ合うその様は完全なるポピュリズム


右の人たちは何かを間違えている

敵は左のわからず屋ではない

解らないのではなく分かりたくないのだ

彼らにどれだけ正しいことを言っても意味がない

どれだけ損得を並べても意味はない

彼らの心は怒りで満ちている

不満

不安

怒り

恐怖

その他もろもろのありとあらゆる様々なストレスを抱えて目先の小銭しか見えなくなっている

起きることがなんだということは関係がない

未来に何が待ち受けているかではなく現状を報われていると思えなくなっている

心がパンクしている


弾圧する対象を間違えている


必要なのは注意を向けるということ

それはもしかすると痛みなのかもしれない

だけど出来ることなら喜びの方がいい


技術を身に付けることもお金が掛かる時代に自己責任だと言われても

自己実現ができなければ現実逃避か、はたまた痛みを自ら作りだすか


貧乏人に選択肢はない


弾圧されて疲弊している存在はどうすればいいのか


こうしているとまた電磁波が強くなっている


地元のネットカフェにも情報漏洩が慢性化しているようだ


僕には更に選択肢がない


右と極右どころか左も極左も全部一緒


理念はざっと動機に由来する

正当な行いを正当な評価で受けた場合は右回りとなる

嘘をつかずに生きてきて良い思いをした場合に普通の右となる


正当な行いを不当な評価で受けた場合は左回りとなる

嘘をつかずに生きてきて悪い思いをした場合に強力な左となる

(とても怒っている)

部落コミュニティの婚姻に制約を設ける風習について言えば"差別してはならない"と思わなければならないと思わされていると感じて不服を感じている人もこれに該当すると思う


不当な行いを不当な評価で受けた場合は右回りとなる

嘘をついて生きてきて良い思いをした場合は強力な右となる

(とても恐れている)

統制され密閉された組織内部で悪事を働いた人々は体制が倒れたり変化することや捲れる(バレる)ことを恐れるのでとても高度な画策や謀略を行うことに長けることになる


不当な行いを正当な評価で受けた場合は左回りとなる

嘘をついて生きてきて悪い思いをした場合に普通の左となる


どちらにせよ、疑わしきは罰せずや不当な仕打ちの無い世界を求める以上、人類は個人主義に辿り着くことは普遍的なものだと結論付けることになる


つまり僕の感じるコミンテルンはこれらのことすら考慮した上でコミュニティ内部で洗脳を繰り返し民主主義をねじ曲げているということを理解しなければならない

そればかりか"差別はある"とするために対象を弾圧し声をあげさせることなども考えている事が明らかである以上、国家を守るために必要なことは右による正しき弾圧か、左による個人主義の先にある民主主義か

どちらかしか選択肢はないのですがどちらにもならない訳ではない日本はやはり幸運であると言わざる終えない


僕としては正しき弾圧か、個人主義の先にある民主主義のどちらにもならないことだけ避けることができれば良いのですが現状として緩やかな正しくない弾圧が行われていると思えてなりません

そしてそれは日本にてずっと行われている差別の実体で部落コミュニティによる保険詐欺の実体なのではないでしょうか?


どちらにせよ、極右とは言えない人々ですら極右と右のグレーゾーンに存在しており、情報の漏洩や民族による情報差別の実体が日本にとってどれだけの社会悪となっているかというだけのことであるということなのだと思います


つまりそういう視点から見ると同じと思われても仕方がないのです

同じ情報を共有している、情報漏洩が起きている同じコミュニティ内と言える存在を制することができないのですから被害にあった人からすればそれは同罪なのだと言うことなのです


あぁめん


PS.公安警察の人のしかめっ面を見た瞬間にこりゃダメだと思いました。

僕のようなゆとり教育で育った悪の感性を持つ人間の力がぴったりと当てはまり活用できるのではないでしょうか?

何故ならば気合努力根性で育ったの悪のように嫉妬や妬みや権力への執着心に飲まれることはなく強欲ではないどころかそういう人々を見て気持ち悪いと思うからです。

こういった適材適所を捜すことで日本はまだまだやれる事があるのにやっていないことがたくさんあるような気がしています。


お金ください。