トルコとロシアの接近と聖書

トルコとロシアの接近と聖書


聖書にはトボルとマゴクの王がトルコと組んでイスラエルに攻め混むときに世界最終戦争が起こるとかなんとか

これについてほんとに起こるかどうかは分かるわけないし、もし起こることが決まっていたとしても現在似たような状況が来ているからと言ってこの度のことかどうかなんて分かるわけない


だけれども例えば主と言われる存在、それは神様と崇められるほどの高いレベルの出来事を起こせる存在、それは自然を操ったり未来を予測したりすることが現代の人類の科学を持ってしても太刀打ちできないほど影響力を行使することが可能な存在が聖書に書かれているように存在していたとしたら

そしてその人々が地政学なのかなんなのか予測したのだとするとどのように導かれたものなのだろうか


フワッと考えてみたい


まず聖書に出てくる主と言われる存在は時間を自由にできるわけではないという前提を定めておく

それは人類に対しての行いの性質やわざわざ未来を告げる必要がある以上、いつ起こるかハッキリとはわからないけど予測できているものであるということから推測する論理的狭義に由来するものである


この聖書のトバルとマゴクというのは高原剛一郎さんがおっしゃるにはロシアのことらしい

しかしながら僕は高原剛一郎さんの様々な説について懐疑的だ

なぜなのかは別記事に記載しているけどクリスチャンという無類の良い人マントを羽織っている人の揚げ足を取るようなことをわざわざ人に言いたくもないので興味がある人はご自分で検索していただきたい

原文ではどういう風にかかれているのかわからないけどトバルとマゴクの王と言う言い回しであるのなら、トバル(トボリスク)とマゴク(モスクワ)の王というのはこのどちらも備えたロシアと言う国と言う受け止め方もあるけど、複数の場合もあるとも言える

それはトバルとマゴクの王が百人いてもトバルとマゴクの王であるしトバルの王とマゴクの王でもトバルとマゴクの王と言える


そしてトバルとマゴクの王がトルコと組んでイスラエルを攻撃すると言う事なのですがこれは地政学的な見解としてトバルとマゴクの王が寒さから凍っていない港を求めて東に侵攻すると言うことは比較的予想が出来るとも言える

勿論僕は高原さんの布教活動や誰かの地政学だったか戦略だったかで拝見したものだけど、例えば主と言われる高い知能を持つ存在が後に普遍的に起こることとして人類に授けたとしたならば、トバルとマゴクの王がなぜ南や東に侵攻する可能性を排除したのか


結論からいうとこれらの聖書にかかれていることをなぞっていくことで何かしらの求心力を高めようとしている存在による活動だとしか思えないと言うこと

それは主を信じないと言うわけではなく、解釈により違うタイミングもあるしそれが今起こるかどうかはわからないと言うこと

つまり聖書に出てくる艱難時代な到来かどうかは疑わしい


しかし僕は高原さんのように聖書から読みとくわけではなく現在の人類に現れている哲学的、或いは宗教的、或いはイデオロギー的対立が加速すれば艱難時代が到来すると言う危険も感じている

それは七つの思想的分断からなるとも言えるし七つの大陸による地政学的な文化の違いから来る思想の衝突

それらすべてが確かに艱難時代と言える時期に差し掛かっている


ともすればやはり本当に艱難時代は訪れるのだろうか?


これらについては結論として僕にはわからない

だけど恐怖を煽る事が世界中で行われた末に起こる何かは人類や地球にとって思わしくないものであると言える

つまり本当に起きようが起こる前触れであろうが起こるぞとわざわざ言う必要はないし、言ったところで絶対に起こるのであれば怖いだけ

免れようのない怖いものが到来することを直視するのは拷問だと言わざる終えない

キリストが愛を与えてくださり、とかいうことがキリスト教の結論であるのであればヨハネの黙示録にある最終戦争を恐れることがいかに論理的矛盾であるかご理解いただけるだろう

もし本当に来るのだとしてもキリストの愛をテーマとして不況活動するのであれば恐れる必要はない

つまり来るぞ来るぞと煽るのは不必要極まりない


まだ僕は旧約聖書を読んでいる途中だけど新約聖書に辿り着きキリストの愛で締め括られるものであるならば不況活動するならこういう

黙示録に出てくる世界最終戦争を避けることは出来ると

それは必ず起こることだけど知っていることで永遠に先送りできると

ほんとに絶対に起こることがわかっていたとしても不安を煽ることを愛だとは思わないから


あぁめん