世界を見回してみると


世界を見回してみると

なんだかよくわからないけど聖書にかいてあることに近いことを守っている人々が栄えていると思えてならない

日本では皇室に始まり、世界中の様々な宗教


主は主の存在を疑うことが罪深いという

妬む神だから


こうして突きつけられるとなんだか傲慢に感じる

しかし主が全てをお作りになられたと考えてみる

つまり僕たち人類どころか地球や因果律まで司ることが出来る存在であると


可能性がないどころか世界を見回してみても明らかに信心深い人々というか宗教を中心に世界は回っている

しかもとてつもない権力を手中に治めている


これを偶然だと言えるのだろうか?


たまたま偶然聖書にかかれている事が世界中で当てはまっているのだろうか

たまたま人類はそういう性質を持っていたのだろうか

たまたまその性質に適合した書物を書き記したのだろうか

数千年も前に、、、


もしかすると全てがでっち上げの可能性はないだろうか

書き換えられたり、年代をごまかした書物が発見されたり、、、


全てが誤魔化したものだとは到底思えない


聖書を読み進めれば読み進めるほど信憑性が増す

はじめから主の存在は明らかに実在していると思わせることばかり

旧約聖書の後半に至っても現在の僕の不思議な宗教による弾圧の末に辿り着いた山に籠り聖書を読み進めるという不可思議な時間がとても有意義なものであると思わざる終えない

同時に宗教に対する偏見は持っていたのだろうと認めざる終えない

しかしその事を仕方ないと思うことも出来る

なぜならこんなことを口にするのは嫌なのだけれどもそれほどまでに本当にすごい書物だと言うことに尽きる


まだ読んでない人は読んだ方がいい

どの文章よりも読む必要性がある

読んだ方がいいというよりは読まないと始まらないという方が適切か

なんという不幸なことだろうか

聖書をそのまま伝えようとすればするほど胡散臭くなる

どういう原理なのかはしらないが聖書とはそういう宿命を宿すものなのだろう


例え捏造が交えてあるとしてもとても有意義なものであると言える

しかし読んでいて思うことは信じざる終えないと言うこと


とある酒場でブラジル人が神様に突然祈っていた

何かをお願いしていて冗談なのか可愛さアピールなのかと思い軽く突っ込んだ

すると驚いたように神様信じていないの?ほんとにいるよ。と言われ文化の違いというのはこういうことなのかと思っていた

その時の僕からするとサンタクロース信じてないの?と言われたも同然だった

だけど今は完全にいると確信している

と言うかいないと説明できない

今、説明ができないから神様と呼ぶのだろうと思った人は頭がいい人だと思うが同時に読んでいない人、又は読んだけど読解力の乏しい人のどちらかだ


ただひとつ言えることはこのブログを読む暇があるなら聖書を読んだ方がいいと言うことは確かだと言うこと


そして僕は聖書を読み進むのが嫌になり始めている

全部読んだら楽しみが減る気がして

しかし気になって仕方がない

まだ旧約聖書

しばらくは安心か