武田先生にはいつも謝ってばかりなのですがまた謝らなければならないのかもしれませんが、、、

武田先生にはいつも謝ってばかりなのですがまた謝らなければならないのかもしれませんが、、、


もしかすると僕の理論だと言ってしまったことが武田先生の周りにいる人たちにとても気を使わせてしまったのかもしれません

特に悪気はなかったのですが僕は完全に、人に気を使うことのできない普通の人間より劣る人間であるということが明らかとなりました

実際に自分が劣っていると思っているわけではなく、そういう面が誰しもに存在すると思っています

この僕の理論だと言うことについての配慮はとても真面目で誠実な感性から来るものですし僕への思いやりに道溢れたものであります

それは同時に先生への配慮に欠けたものということもできますがこれらの根幹にあるものが全て人間が生まれながらに持つ正しいと感じる感性から来るものです

しかしその発端となった僕の思いは、卑しく惨めで到底に善とするには難しいものです

ただそこにあった言い訳を聞いてほしいのですがただ黙っていられなかったと言うだけで盗まれたとか、先生が悪いものだというものではないということもご理解いただきたいのです

ただ僕はお金がほしいだけなのです

ただそれだけなのです


そもそもどれだけすごいことを考えていようと特許局などでもアイデアだけでは申請できないらしいです

それはやはり新しい発見が新しい故に認識されにくいからだと思います

なので何のためのものなのか

どこで使うのか

設計図や実物のレプリカなどを必要とするようです

つまり僕の理論も武田先生のような優れた言語を操る人の手によって完成されていったということなのですが、僕の現状を憐れんだ人々の優しさが武田先生への厳しさになっていったのだと思います

ごめんなさい


ただこの事により分かりきってはいますが僕が思うことは、この国はまだまだ捨てたもんではないということ

そして何よりも今この国は変わろうとしているということ

とても健やかな気持ちです


ただひとつ不安を程しておきたいです

それはやはりポピュリズムといわれるものです

このような配慮が存在することもその一つと捉えることがやはり真心を持つものとしての曇り亡き眼から感じるものであるということ

自分がただの人間であるということは理解しながらも、この善悪のバランス感覚については生まれや経験により得られるなんだか自慢したいものでもあります

こと未来を見るということについてこういったバランス感覚はとても優れた探知機能を持つと考えています


それはこの配慮を受けた僕としては例えば武田先生を悪とすることもできるし、この配慮に対して動機や行いが善だとしても未来も良いものであるかどうかは分からないなんて言うことが社会性があるとされる人々にできるのであろうかということ

それはつまりポピュリズムが加速したときに誰求めることができないということを表していると思えてならないのです

ですのでこの配慮に関して感謝は勿論するのですがそこにある時間軸や気持ちだけではならない現実空間への影響などをつぶさに観察する必要があると思うのです


それは目を背けたくなるようなまるで社会性が低いとされるような行いであったとしても目を向けなければならない、もっと大切なものを踏みにじる危険があるということを統制された社会や規律のある社会、それは組織が持つ力の根幹にあるものが秘密の共有であり自らに近い存在に特権を与えることにより生まれてしまう盲目の正体なのだと言えると思います


勿論武田先生がコミンテルンである可能性すらありますし真実はわかりません

それどころか全てが僕の勘違いである可能性すらあります

ただここで表現したいのは人類はまだまだ成長過程にあり、全然見直すところだらけなのになぜか富裕層は満足してしまっているというある種の人間の弱さや怠惰を見せつけられているように感じてしまいます


自分が富裕層だとは思わないでしょうが日本の公的な機関に勤める人(数千万規模の資産を保有している人)は上位1%に入るのではないでしょうか?

日本人は皆一人残らず上位5%以内のようですから


これは世界に目を向けるときではないということも理解した上での発言です

今は国家を大切にするべき時期ではありますが、その先も見ているということを理解させることで何となく左の人々にも同意を得られるのではないかと感じた次第です

この事は警察組織が例えば冤罪逮捕や様々な失敗を起こしてしまったとしても隠すことなく許し合うことが必要であるということでもあるような気がしますが専門でないのでわかりません


あぁめん