百田尚樹さんと橋下徹さんの討論の反応を見ていて思ったこと

百田尚樹さんと橋下徹さんの討論の反応を見ていて思ったこと


なんでも靖国のことを話し合っていてヒートアップしたとか

それらの内容については知らない

お互いが文句を言い合っていたとかについても興味ない

あえて言うならなんか悲しい、ポピュリズムによる弊害か


ただ僕が個人的に好きな二人に何が起きたのか見ていてお二人のツイートよりも寄せられたコメントが気になった


お二人を現代社会で表現するなら右と左ということになるだろう

百田さんは右

橋本さんは左

本質的に言うなら二人とも右だと思うけど在日や部落と先住民というか日本人というかまぁなんと表現していいのかわからないけど、現在の僕が分かる範囲で表現するなら極めて日本人と近代日本人といったところか


そのお二人に吊られるようにコメントも大分綺麗に別れていた

アンチ的表現や対象をフォローする肯定的表現

僕の立場をはっきりさせるなら、どちらも好きだからこの問題には関わりたくないと言ったところ


ただ日本という枠で見たときにはやはり完全なポピュリズムが巻き起こりつつある

大衆はもう既に熱くなりやすい性質を抱えている

それは勿論情報化の加速による影響もあるけど何よりも理解しておきたいのは僕たち一人一人が当事者であるということ

戦争が起きたあとにどれだけ文句を言おうが殺し合いが始まれば今の僕のように関わらないとは言えなくなる

勿論銃を持って戦場に立つ何て話ではなく様々な責任がのし掛かる


そんなことを考えると僕のような存在による発信はポピュリズムを加速される要因なのかもしれないと思い始めた

しかし蓋をされても困る

とはいえ喧嘩が止まらなくなるのも嫌だ


結局のところ多くの国民は問題の本質を理解しているのだろうか?

多分していない

なぜしていないのかと言えば部落民というタブーを犯すことになるから説明ができないのだ

説明ができないから国民と共通認識を育むことができない

だからここで説明しておこうと思う


右の人たちは正しいことをしようとしている

それは日本が悲しみの少ない昔ながらののっぺりとした社会を維持しようというもの

しかし経済が世界で回っているのでのっぺりとしていては海外に飲み込まれてしまう

なので厳しい社会を作って行くけど自己責任だけど夢があるのが左

僕のおすすめは中間で基本的人権と言える程度の社会保障を残した自己責任で成功を目指せる世界


だけどここで大きな問題が発生している

のっぺりとした社会は一部の既得権易者による独裁がある世界

独裁があるけども広く平等で一部の人々が強い力を持ち悪事を働くことが出来る社会

その被害に遭うのは在日と言われる人々

なぜならここは日本だから、後から来た人を狙うのは人間が生まれながらに持つ性質として自然な反応

悪事を働くにしてもリスクを減らすことが出来る

在日であれば目をつむると言った差別的な感覚が働く瞬間が存在する


反対に左の厳しい世界は実力社会

元々の日本人は体格的にも小さく比較的需要を生み出しにくい

差別のない世界を求めるために行うことは差を明確にしてしまうというジレンマを抱える


つまり右左に拘らなく見てみればどちらにせよ差別は起こる


この戦いが現在の右左の真実


結論からいうと左を推し進めると中国に日本経済を飲まれることになる

反日教育を受けた人々が13億人待ち構えている

ウイグルでは内蔵を抜き取られている


右を推し進めることで日本を守ることが出来る

一部の犠牲を見殺しにして


だから僕は犠牲となる運命のようだ

逃げ場はないし国も守ってはくれないようだ

だけど一応いっておきたい

その行いは後に降りかかる災いの種にしかならない

金を無心する左のくそやろうだと思うかもしれないけどお互いのためなんだ

つまり僕は右

僕こそが右なんだ


ポピュリズムはまだまだこれから

右だの左だのが顕在化し大衆の心に埋め込まれる

これから起こる数々のイベント

オリンピックに始まり大阪万博

全てにこれらがついて回り出す

その内に残虐な事件が起こり大衆が憤怒し始める

すると自然と違いが気になりはじめ、肌の色などが気になり始める


右が加速すれば起こることは分断

僕たちに選択肢はない

あるのはどの様にして問題を先送りにすることが出来るか

その経過が長ければ長いほど国民感情は和らぐ

現在も比較的柔らかい形で右傾化をすることに成功している

このままオリンピックを越えても問題が起きないように耐えるしかない


僕は堪えないよ

堪えられない

戻ればまた執拗に監視され時が来れば殺される

親戚一同は時間の問題だ

僕が騒がなければすぐにでも殺されていたかもしれない

僕は発信し続ける