高度プロフェッショナル制度

自分の体調管理すらできない人はプロとは言わない。つまり高プロは適用されない。つまり一千万円貰うべきではない。

裏を返せば体調を崩したり不利益なことになれば任せた方も任された方にも責任がある。つまり自己責任だ。

それでこそプロの世界。

年収一千万以上の人間を企業が見合わないから首にしたいということはプロとしての責任を果たせていないということ。

つまり高プロ制度に文句を言う人はプロとしての責任を果たせないのに文句を言うアマチュアだと言うことでやはりプロとしての責任すら持てないプロとしての自覚がない人だ。

そんな人に毎年一千万以上払えと言うのは企業にだけばかりでなく社会悪となる。

そういうことだから日本が衰退してきたと言える。

高プロ制度に文句を言うのは社会経験のない人なのだろう。一般社会では当り前のことだ。

そしてなによりも一千万円を貰う価値があるのに会社が払いたくないからと苛めてくるんだと考える人はもう一度よく考えた方がいい。

年に一千万円貰っても企業に利益を残せるだけ市場に価値を提供できているのに払わないならそのような会社はお願いしてでもやめた方がいいということ、それだけの価値が提供できているはずなのに市場が付いて来ていないのであれば市場が加熱する予兆であるからすぐに起業して自分で稼いだ方がいいということ。

しかし本人は価値があると思っているだけの場合もあり市場や周りのせいにしている可能性があるのですがこの場合においてもプロとはいえない。さらにはまともな社会人とすらいえない。


カジノについてまったくの経済的価値を生み出さないと言う意見を拝見したのだが、その前に前提として本来不変的価値のあるものは存在しないということを理解できなければならない。

お金の信任を考えれば理解できると思うが人が価値を認識すればただの光る石ころでも何ものにも引けを取らないほどの価値を持つ。そういった共通認識の下で、人、物、金だけに限らず情報など形がないが人が価値があると思う何かが流動的になる、その人間社会の営みを経済活動と呼ぶ。何もないところに市場が出来るということにケチをつけるのであれば人間の営み全てを否定することと同じに他ならない。

そして依存症が心配と言う意見に関してだが、何にも依存していない人間のこと、人はそれを神と呼ぶ。

こういった依存にこそ深い考察が成されたものが宗教であるにもかかわらずそのことを理解していない宗教団体がある場合は浅はかだと言わざる終えない。

無依存の人間を私は知らない