ベルセルクの作者とベヘリットのモデルの共通点?

これはただの創造です

皆さんはベヘリットを知っているだろうか?

卵形で福笑いのように目鼻口などがばらばらに付いていてサイズもちょうど卵くらいの不思議な卵、選ばれたものだけが手にすることが出来る、願い事が叶う通称べっちー。

しかしその卵が効果を発揮するのは自分が本当に大切なものを差し出したときだけと言う諸刃の卵なのだ。

舞台は中世ヨーロッパ、ベヘリットを使い大切な仲間たちと引き換えに悪魔に魂を売った魑魅魍魎を従える魅惑的な輝きを放つグリフィスと言う名の団長を倒しに行くため、いまだ目覚めぬベヘリットと小さくコミカルな妖精を引き連れ地獄の狭間を旅する頼れるのは妖精と気合と根性だけ、その名も特攻隊長ガッツ。

ベルセルクと言う名の漫画の話だ、、、が話しはここで終わらないのです。

このファンタジー感満載の想像の中の物語なのですが魔法の卵べっちーは現世に光臨しているのです。

それも効果を残したまま、、、つまり大切なものと引き換えにあなたの望みは叶うかもしれないのです。

挑戦し叶わなければただの地獄ロードとなりえるし、叶えばあなたは大切な何かを失います。

この現世のベヘリットごとき力を持ち、その力を授けてくれるのは知る人ぞ知るネット住民なら知らない人はいないであろう苫米地英人博士、通称べっちーなのだ。

大切なものを失わない方法

何かを得ようとすれば何かを犠牲にしなければならないことは明々白々でしょう。

これは普遍の原理であり時空を司る道理なのです。

しかし運がいいのか悪いのかほとんどの人は無駄な時間やエネルギーを浪費しています。その無駄な部分を正確に割り当て何かを得るための引き換えにすることで失わないで済みます。

そんなことはだれでもわかるとお思いでしょうが本当に失うものは実は自分ではありません。

それは大切な仲間の平穏な日々だと言うことです。

仲間の態度が変化し仲間を失うと言った意味ではあなたは失うことになります。

つまりあなたが成功を掴むことで嫉妬や妬み、恨み辛みを買うことになると言うことです。

そんな仲間は本当の仲間じゃないやと思ったあなたには元々本当の仲間がいないのかもしれませんし、そんなあなたはまだ成功するための準備すら出来ていません。

なぜならばその成功はあなたが望んだものであり、嫉妬や妬みに駆られた仲間たちはあなたの夢の犠牲者だと言うことに眼を向けることができていないからです。

つまりそういった関係性に眼を向けなければあなたは夢を追うのと引き換えに仲間たちに地獄を入り口を用意することになると言うことなのです。

もちろん聡明な人や聖人君子であればそんな入り口など開くことはないのかもしれません。

しかしそれは同時にあなたも開くことがないと言えるのであればそれを理解しその扉を開いてしまう仲間がいたら開かないようにしてあげることが仲間への当然の配慮であり、夢を追うものの責任であると言うことなのです。

しかしこの責任を負うことは同時にあなたは仲間を失わずに夢を追いかけることが出来る唯一の方法と言えるのかもしれません。

どちらにせよ仲間とのつながりや自らが社会に生かされていると言う事実に眼を向けることが出来るようでなければ、夢を追うということは大切なものを失う可能性が大いにあるということなのだということなのです。

詳しくは苫米地秀人博士のYOUTUBEをご覧ください。