何故差別が繰り返されるのか

※経験と実体験とネット情報の確からしいものから考えたものです。

差別撤廃を唱えながら国内ではどの国家も差別の上に成り立っているのはなぜかを考えた


小保方さん風に言うと、電磁波攻撃は、、、あります。


これはつまり国家内部の反乱や不満を抑えるために建前として正しそうな事を声高に上げていなければ権力の維持が難しいからというインセンティブでしか差別のない世界などの理想を掲げていないということではないだろうかと頭をよぎりました


日本国内では生まれながらに部落民や済州島民からの監視を受けている人々がいます

部落民や済州島民が差別の撤廃を求め、国家権力の中枢に一定数の採用枠を設け、それらの力も活用し、民族という求心力を持って組織の拡大強化に努め資本を増幅させて高度経済成長期を謳歌してきました

こういった巨大ネットワークにより日本が統治されていることは口にするのはタブーとされていますが一定年齢以上の日本国民の殆どが理解するところだろうと思います。

このような求心力やネットワークを日本の財閥やもともとの当地権力者はいかんなく利用し共に高度経済成長期を歩みます。

しかし内部で分け与えられるパイがふんだんにある間は大した問題ではないように感じ、行政での横暴や役所内での覚せい剤の使用、公共事業をめぐる入札での談合、反社会的勢力の殆どが部落民であるという事実など上げ始めれば切りのない特権意識が生み出した弊害、更には宗教や裏社会を隠れ蓑にした組織がテロ行為に及んだり、無差別大量殺人犯の犯行動機の引き金となっていると考えられる村八分や集団ストーカーなど、短期的な国益を損なうだけでなく長期的には国民のやる気をそいだり不安に陥れるような出来事にも目をつぶってきました。

というよりも実際には触らぬ神に祟りなしと目を背けてきたのです。

そして2018年現在、出口戦略が確かに不明瞭な財政出動によりこれまた差別的ともに思えるような富裕層への金融緩和を行ってはいますがこのまま緩和を続けるのであれば最悪のシナリオを想定しておいたほうが良いということについて綴ります。


金融緩和で部落民や富裕層が自分たちに現金や既得権を残し出口が見つからずに財政政策に万策が尽きてしまった場合、残るのは疲弊し鬱憤だらけの日本国民とブルジョワジーを気取る富裕層です。

圧倒的に人口の少ない部落民族がこのまま優越的な気分で過ごしているとした場合、この怒りや絶望はどこに向かうのだろうかと思えてなりません。

それはやはり持つものと持たざるものの対立です。

こういったことを危惧してと思われるテロ等準備罪などの法律を施工し、反乱分子を見張っているのではないかと言うことに注目しなければなりません。

現在日本で起こっている対立などはすべて自作自演とも言えるべき部落民と済州島民の対立だと見えて仕方がないということです。

対立を装い救世主を作り上げ大衆を先導するのは権力者が昔から行っている常套手段です。

こういった先導や特権に気づいた個人はこれまた集団ストーカーや村八分のような行政や司法、国会、つまり国家権力の弾圧にさらされていると言えるのかもしれません。

このような国家の戦略に日本国民はいつまで耐えられるのでしょうか?

そしてまた権力は危険を感じ税金を投入し警察などの組織の強化に税金を必要とします。

その警察の中核である警視庁への予算編世をしているのが東京都議会でありその都議会の半分程度が公明党員であり創価学会ということを国民が認識しなければならないでしょう。

そしてその権力に立ち向かったのが小池百合子や偏った民族教育があまり行き届いていない若者の集まりであるみんなの党のように感じていました。しかし蓋を開けてみれば公明党の影響下にあり、これが信用の失落へと繋がったと考えられます。

こうしてみてみるとネットやテレビの対立などが自作自演で対立を演じながら特定の権力構造に有利なように世論を誘導しているのがよくわかりますが動機はやはり損得勘定と考えるべきでしょう。

とはいえ間違いなく小池百合子は豊洲問題において何かをなそうとしていたことや東京都に多大な損害を与えたことも事実です。目的は既得権との戦いだったのか真実は定かではありません。もしかすると築地の人々への補填による税金に答えがあるのかもしれません。

しかし旧来の既得権を壊し正そうとすることはそれなりの痛みが伴うものでありこの過程は腐敗した権力構造(つまり膨らんだ既得権とそれらを守るために必要な国益を損なっていると想像できる不必要なタブーを守るための税金の投入など)を正すためには必要不可欠だという事でこれらの痛みに国民が耐えられないのであれば固定化された既得権や儒教メディアに操作された同じファッションに見を包みたがる似て非なるいわば和製ブルジョワジーの闊歩を止める事はできません。


それはつまりトマピケティさんが警鐘を鳴らすR>Gの法則、つまり労働対価は下がり続け資本家の資本は膨らみ続けます。

そして世界は荒廃し戦争を余儀なくされるのです。

そうして起きたのがユダヤ人の虐殺であり世界大戦でありこれまでの人類史に暗い影を落としてきた対立や殺し合いの正体なのです

これらを起こした引き金を引いているのはみな悪人ではなく自分たちを守ろうとするいわば保守思想を持つ愛国心に溢れた現状を維持しようとする人々の正義の行いです

愛するゆえに争いを始めるのです

民主主義がどうしても不完全で誤った行いに導かれるのは人間が不完全だからです

共産主義がどうしても不完全で誤った行いに導かれるのは人間が不完全だからです

なので早々に統治権力が人類の不完全さを受け入れ悪いものを悪いと蓋をするのではなく痛みを伴う政策であり一見不平等で不公平に見えるものであってもしっかりと目を凝らしそこに至るまでの大衆の心理や軌跡を自分ごとのように認識できなければまた戦争が起こり、負けた国では内部からの対立により悲しい行いを繰り返すことは普遍の原理だということです

弾圧や尻尾切では何も解決できません

下ばかり見ていて汚いものだと蹴り飛ばす事に集中していては壁にぶち当たり痛い思いをします

周りの人の差別心ばかりを正そうと国際社会に貢献していては国内の分断を認識できません

国民が他人事のように国政を見つめるのは本当に他人事だからです

恩恵を受けているのは一部の既得権益者でその人たちだけが選挙や政策に躍起になり一般の人々の心は参加していません

これは選挙に行く人でもそうだということです

本当にすべてを理解し投票している人など一人もいません

自分に近い存在に投票したり、調べることができる範囲で確からしい人に投票することしかできません

つまり間接選挙自体がポピュリズムの一番の害悪であるということです

痛みを伴い、それは大きな損害を被りますが完全政策国民投票に変え国民自身が自ら学ぶことを始め投票することでしか人的な正当性を担保できる方法はありません

学ばないのであれば投票しない、人の投票に関与することは厳罰に処する

その政策や論議の舞台は完全に人知の外、つまり誰もそれにより権力を持つことも利益を得ることもない舞台を用意し誰もが自由にアクセスできる環境を作るべきです

それらにまつわる運営などは二十歳を迎える子どもたちなどに切り盛りをしてもらうなど大人や利益供与の恐れのある人は一切立ち入れなくすることで不正を少しは防げると考えます

二十歳までに権力の仕組みを理解させ切り盛りできる人間を育てることこそが政治教育できたと言うことでそれを任せることができないのであれば教育できていないということなので早いうちに痛みを伴うだけでしょう

教育できていないということなのに大人になり国政に出て権力を持ち巨悪となるくらいなら若い時に失敗したほうがお互いのためです


つまり人間が不完全なのは理想や論理に付随する理性によるものではなく欲望や感情に付随する理性によるものであるということです

それらを完全にコントロールすることで人は神となります

すべての人々を神にするべく教育を施し、自らの欲望を抑え禁欲し、自らの醜さと向き合い誘惑に負け、幼い子どもたちの純粋無垢な存在に心を奪われ、性的悪戯をしてしまう西洋神父の心のアルゴリズムが人間の不完全さを示してくれています


我々は生まれながらに天使で自ずと煩悩にまみれ生を謳歌し欲がなくなり仏となるのです