共産主義の限界

共産主義というのは書いて字のごとく読めば共に生むとなります。

これは均一化することで差をなくし、最終的にはマジョリティーの存在も否定します。

みんな横一列で差が無い理想的な世界

社会主義との違い

社会主義と何が違うのかというと元もとは同じでしたが平等を求めていた社会主義層があるときからマジョリティの味方になりました

つまり労働者の集まりではなくお金持ち側の集まりになり、「みんな同じ仕事や生活しなさい、わたしたちは違うけどね」、といった感じです

これに対して共産主義は草の根からの平等でマジョリティを排除します

無理な理由

文明を維持しようと思ったら共産主義は無理です

というよりも文明を維持しなくても無理な思想なのですが維持するとさらに無理です

なぜなら人間には生まれながらに差があるからです

その差を認めていかなければ滅亡するだけでなく多くの不幸を生み出します

同じものを着て同じものを食べ同じ考えで生きていくことが人といえるでしょうか?

被害感情が強い人や被害者の一人もいない理想を追う人が推薦する考えといえますので豊かな感性や人並み以上のなにかを持つ人は生きていては困ります。

価値

文明は多様なもので維持出来ています

そうだとしても被害にあっているという人もいます

つまり、みんな同じじゃないと不公平で不平等だよね、

きみたちは可哀想な人なんだから共産主義でしょ、

自分を可哀想と想わなくてもそういう人を可哀想と思うでしょ、

ならみんな横一列にするべきでしょ、

あのひと背が高くて得してるから貧乏にしよう、

あの人は美人だから皮膚をぼろぼろにしよう、

優越的なものがあると私たちが判断した人の権利は奪ってもいいことにしよう、


という論理がまかり通ることになります

なので法の下で透明化され国家により管理された中でちゃんとした差別、優越をするべきです

隠す必要はないのです

物理的限界

背の高い人を手術で小さくしても座高の違いが気になるでしょう

まったく瓜二つの双子でもベットの取り合いを始めるでしょう

数十億人がまったく同じ場所に存在し同じ人を好きになり同じおなじおなじ

不可能です

ですので多様な価値観が必要です。

というよりもそもそも生物はそのようにして生き延びてきました

何も考えることはないのです


人を貶めることはしない世の中がいいと思う

それはほんとにそう思う