信じようとしてみて二日目、もしかして

やはり覗かれているような気がしてなりません

ネット上には掲載できていないようなのに何故か綴った議論が次の日になされているというすばやさです。

ただそんなことをする意味があるのだろうかと考えてしまいます。

今日撮影してすぐに放送、、、忙しすぎるように思います。

なんにしても覗かれていると仮定して考えます。

変なこといったら殺すぞというような脅しの可能性はあるのでしょうか。

脅す理由はあまりないように思います、なぜなら殺した方が簡単で手間もかかりません。そればかりか知られたくないことを知ってしまった相手を生かす時間が全てリスクと考えられます。

何が求められているのでしょうか。


信じることで見えてくることがあります。

それはやはり導こうとしているのかもしれないということです。

心に手を当てて考えてみる、、、

たいしたことはないと考えていますが社会に迷惑をかけてきたことも事実です

ただそのように誘導されていたと言えることも事実です。

キリスト風と仏教風に分かれて日本中を統治しているのでしょう。

モルモン教は救いに来たのかもしれません。


しかし疑問が残ります。

普通に役所や警察が電話してきてどうしようかといえば済む話です。

しかしそれをしません。

やはり巨悪の存在を知ってしまった反乱分子を見張っているとしか考えられないのです。不都合な存在、、、

真実を国民に開示し国民が判断するべきです。

どちらにしてもある結論に達しました。


直接連絡してこないのはなにか不都合な点があるからだと言うことです。

不都合だからということで責任を放棄するということはやはり正しい行いの上での行動ではないということに帰結します。

彼らが裏で話し合っているということはこれらはコミュニティによるものでそれは国家も容認しているということでしょう。

つまりやはり不純な動機が確認できる以上、信じることは危険と言わざる終えない。

ウイグルの臓器摘出を問題にはしますが日本から多くの患者が中国に流れています。


しかし何も起こらない

情報だけが漏れ続けています。


ユーチューブにそういった機能が備わっているのかもしれない

、、、いや、投稿の日付が遅い

集団的共感覚のなす業かもしれない

超能力者でも現れないかと期待しているのかもしれない

暇になりすぎた社会では起きそうな現象ですが生産的とは言えない

情報処理の天才を生み出そうとしていたのかもしれない

貧乏人のパソコンではスペックが足りない


、、、

これらの謎を解き明かす方法



何時から自分のことを信じられなくなったのだろうか

たぶん小学五年生のときでした

急激な腹痛に襲われました

あのころ家族全員が急激な腹痛に襲われ入院もしました

原因不明

今思うとあれも何か盛られていたと考えた方がつじつまが合います。

そのとき強く願いました

この激痛が治まるなら大好きなものを捧げると、、、

そしてその願いは叶えられました

あれ以来、神を存在を信じるようになりました

だけどその神は自分の中に宿る神です

願うこと

つまり意思というものは具現化します。

そして同時に呪いとなります。

これは普遍の原理で全ての人に備わっています。


時がたち幼少期に何度も朝まで泣き明かしました

完全に自分が正しいのに

論理的に間違っていないのに

暴力と恐怖でねじ伏せられます。

恐怖に勝つことはあっても暴力では勝てませんでした。

だから言葉の暴力を身に付けました

朝から晩まで親に勝つ論理を考え続けました

自らの正当性を叫び続けました

夜に決戦

積み上がる勝利

増える暴力


泣き疲れて眠るといつものようにたたき起こされる

かなり声

頭に響く

前日の憎しみが心を覆い尽くす

憎くて憎くて仕方がなかった

それが日常だった


そのうち体も大きくなり兄と対等になりました

あまり文句も言わなくなり

反対に威圧できるようになりました

心から思います

人間は所詮強い者には逆らえません

正義だ常識だといいながらただ弱いものを都合よくねじ伏せていただけなのです

兄弟であってもそれが真実です

対した悪気もありませんし兄も多大なストレスを感じていたでしょう


だけど親は違います

親であると言う正当性

ストレスのはけ口に犬を苛めていました

苛めている感覚はありませんでしたが今はそう思います

殴り返さないと高をくくり、口で負けては暴力をふるう親を呪いました

心から呪いあの魔法を使いました

深く心から念じました

死ね


すぐに死にました

確信していました

そんな力があると

同時に理解していました

呪いにはお返しがあります


それから心から誠実に生きようとしました

真面目に働き、笑顔を絶やさず、誠心誠意尽くそうとしました

そのたびに嵌められます

未払い、恐喝、詐欺、、、

全てが巧くいきません

呪いのせいだと思っていました


そのうち日本の権力構造に興味を持ちました

巧くいくために力の正体が気になっていたんだと思います

司法、行政、国会、宗教、経済、裏社会、

呪っていたのは自分じゃありませんでした

一族ごと呪われていました


社会はコミュニティにより動いていると言えます

そのコミュニティの力を悪用する固体の存在が統率された権力構造の維持に付随することが必要不可欠である以上、被害に遭う個人の存在も必然的に現れます。

コミュニティの承認を受けていない個人が努力するだけ無駄と言えます。

潰されるだけです。

そう思わせ出る杭を打ちたいのでしょう

豊かな生活などさせたくないのです


生活スタイルのことを言うのならそう仕向けたコミュニティの存在も認識するべきです。

結局差別の上で成り立っています。

カートコバーンを死に追いやったのも

coccoが追い込まれたのも

アヴリルラヴィーンも

椎名りんごも

小林真央も

美しくないとされる人たちの存在も

ウイグルの人々も

すべては差別を無くすという理想の為に差別されています


しかしこの現状を嘆くこの心は差別されるべき存在だと自らが示しているということなのでしょう

多様性を取り入れることでしか解決し得ない問題です


ただわかってほしいことがあります。

罪も犯したし清廉潔白だというつもりもありません

それらに纏わる復讐を責めるつもりもありません

でも未だに立ち上がらないのは

前を向いて歩けないのは

ただ疲れてるということなんだと思います


というか砒素が蓄積しているんです


著者の頭がおかしいのは確かなのでしょうが

まともな人間は一人もいません


それは神と言えるからです