日本イラン北朝鮮

みなさんは海賊と呼ばれた男と言う小説をお読みになりましたでしょうか?

百田直樹さんがお書きになった実話を基にしたある企業の創業者の物語です。

簡単に説明するとある大金持ちが知り合った将来有望そうな少年に心意気で財産をなげうつほど出資し、援助を受けた貧しい頑張り屋さんが義理のために並々ならぬ努力をし、白人が席巻している石油業界に一点の針の穴を空け、命がけでイランと日本の独自の外交ルートを作り現在も友好関係があり命がけで民間企業が大きな国益を生んだということ。

ここに出て来る人は特定の民族意識をお持ちの方だろうと推測するがそんなことは問題ではありません。

何を成したかということです。

第二次世界大戦に日本が踏み切ったのはアメリカが日本への石油の輸入を禁止したからだという歴史的事実はご存知のことと思います。

当時の白人が決めたことには世界が従うしかないことは周知の事実だと思いますがこの白人を優越した一方的な石油貿易に立ち向かった物語がこの百田直樹さんが描かれた海賊と呼ばれた男”日章丸事件”です。

白人至上主義の時代に大東亜共栄圏(アジア)を守ろうと正に命がけで戦った日本の心を引き継ぎ、戦後の石油はドルで買わなければならないや直接取引をしてはならないというような白人の一方的な取引契約に対抗し命がけで軍事レベルの作戦を非武装で遂行しイランと取引をしたという真に日本人の鏡といえるようなお話です。

つまり日本はイランと特別なパイプがあります。つまり中東の王様サウジのシーア派

そして時は流れ現在、北朝鮮がミサイルをバンバン撃ち放っており日本は恐怖に陥れられていますが苫米地英人さんによるとミサイルを宣伝しているに過ぎずプレゼン先はイランだそうです。

イランが北朝鮮と繋がるのは勿論同和コミュニティの力によるものだとは思いますが問題提起したいのはこの先です。

大戦において日本が侵略していないとしても、正しい行いをしたのに白人が日本をぼろぼろにしたとしても、国際条約を破り日本が降伏した後に原爆を二発も落としたとしても、日章丸事件が戦後に残る唯一の日本人の最後の誇りの軌跡だとしても、誇り高く死んでいった先祖に報いる責任や義務やそういったことすらも超越する大切な何かが私たち日本人の中に存在するのだとしても、どこかで誰かが仲間たちに白い眼を向けられようとも敵を許すと言う姿勢を保たなければ、先祖を殺した民族という分断を乗り越え共に手を取り合わなければ、過去だけではなく未来にも眼を向けなければ、死んでいった日本の先人たちが本当に夢見ていた大東亜を守るという本分、さらには人類と言う大きな枠組みで公平や平等、平和や人権を掲げると言う本当のご先祖様の願いにたどり着くことは出来ないということです。

つまり誰かがどこかで許さなければ永遠に平和は訪れないということです。

同時にこれは本当の平和の使者が誰であるかと言うことを世界に知らしめるチャンスと言えることでもあります。

最後に原爆を落としたアメリカが戦争を終わらせたのでしょうか?

敗戦後の日本を占領した朝鮮人や部落民が戦争を終わらせるのでしょうか?

どちらも違うと私は考えます。

数千年前のゴータマシッダルタさんという仏陀といわれる偉いお坊さんが仏教を東に伝えよと言い残したそうです。

時間軸を考慮したとしてもそれはまさに世界を救うための助言だったのだと考えることは自然の摂理でしょう。

そして極東と呼ばれる特別な場所に位置する小さな国家が今まさに大きな岐路に立たされています。

それは憎しみを乗り越え白人と共に未来を見るか、はたまた過去に縛られ地獄の道を行くか、全ては国民に委ねられます。

しかし理解しなければならないのは過去に縛られて進む未来が地獄に見えるのと同様、未来と言う希望にすがる道も世界平和を掲げる以上、日本人の血だけでなく殺戮や無慈悲な行い(修羅)を日本人自らが行なう覚悟を持つことが必要と言うことであり、この道は復讐と言う大儀がないだけに心に大きな負担を強いると同時に内部に強大な敵を作るきっかけになると言うことです。

そのとき私たちは疑心暗記になり何が正しいのか、正しいものなどないのではないのか、人類そのものが諸悪の根源なのではないのだろうかということに眼を向けてしまうことも自然の摂理であると理解すると同時に白人社会では成し遂げれなかった悪と共存しつつより平等でより公平な社会を形成するというアクロバティックな方法を実行しなければならないと言うことです。

地獄を超え、阿修羅となり、その先に人の道があり、天界に至るようです。