歴史認識とは何かを読みながら

歴史認識とはなにかを読みながらふと気になったことがある。

前回も触れたのですが現在の日本は第二次世界大戦前の日本とよく似ているということですが著者だけでなく世界中の人が大きな勘違いをしているのかもしれないということ

それは中国のことです

このまま行けば合理主義的な観点から中国は戦争に向かうということは誰もが想像に容易いと思うのですがそれはもっと突発的なものになる可能性があるのではないかということについて綴ります。

これまで為替予想などで中国の元高が始まるといってきましたがこの説には大まかに3つの要素が絡んでいます。

一つは元々元高になるところを元安に押さえていたということ

一つは庶民の生活レベルが上がり他国からの評価が上がっているということ

一つは戦争に向かうということ

この三つが合わさりあのような予想を立てたわけなのですが最近メディアで活躍しているコメンテーターの皆さんの言うと通りもし本当に中国経済が切迫した状態で米中の貿易戦争に突入しているとしたらそれはまさに日清日露と勝利し好景気に沸き、第二次世界大戦前にアメリカが譲歩してくれるだろうという希望的観測の元で交渉を行い、ずるずると戦争に近づき内政破綻の前に開戦せざる終えなくなった日本に瓜二つではないでしょうか。

追い込まれた社会主義や儒教的思想で自分の権力の保持を一番に考えた場合、内乱が始まる前に戦争を仕掛けると考えるのは定石のように思います。

どちらにせよ中国が戦争したがっているという事実は変わらないように思いますが当初著者が心配しているような狡猾な開戦も恐ろしいものですが追い込まれてからの自暴自棄な戦闘というのも恐ろしいです。

やたら不安になるのはウイグルでの弾圧や元々持っている中国の残虐性や国内の儒教的思想を持つ人々と時間を共にし見てきたものが、国家間で行なわれるということに対する恐怖心からです。

保守的になるということは戦闘状態に入ることと同じといっても過言ではないと思っておりますのでアメリカが保守的になっている以上、日本も現在の経済戦争という認識を改めもっと高いレベルの警戒態勢に入ってみることも考えてみた方がよいのではないでしょうか?(挑発と取られると怖いのでこっそり)

世界が火の海になることもそう遠くないのではないだろうかということを思うと日本があの時こうしておけばというような後悔が起きてしまいそうな日本にはびこっていた無決断や無責任の残り香が香るような気がする次第です。(自衛隊を災害などではなくもっと国内のあらゆる活動の場で活躍する場を作るほうが良いと思います)