日本は儒教文化だという問題について

著者の一族は部落民や済州島民など民族意識を悪用し求心力を高め「日本の権力を絶対に話さないぞ!」と仕返しでも恐れてるのか不断の努力と執念で嫌がらせをしてくる人々に狙われたり、仲間になったりしながら三世代が経とうとしています。

本日も朝4時30分から周辺住民との結束により電磁波なのか何なのか不明の振動と耳鳴りが襲っています。

間接と言うか神経と言うか味わったことのない体の中が痛いです。

※すべての人ではありません

※差別的表現を含みますのでご理解のうえお読みください


日本が儒教文化だという海外からの反応について

日本に生まれ日本語しか話せませんが子供のころから宗教について興味が強く手塚治虫さんのブッタを読み、周りの人々がいくら説明しても分からないと言うことが分からなくて生まれてからずっと変な奴や変わり者というレッテルを貼られてきたけど実は民族的差別を受けており、事あるごとに意識に刷り込むように女の子みたいや女性的といわれつづけ女性ホルモンを投薬されこれらはすべて国家どころか世界中に存在する民族派の行いではないかと思い始め、21歳のときに薬物の影響で最終解脱を経験し、この世界はすべて同じものだという絶対的な感覚に触れることができ、在日で、部落民で、たぶん済州島民だという立場から述べさせて頂きます。


日本には儒教的文化を形成している界隈があり完全な序列により成り立ちます。先輩の言うことは絶対で親や兄弟であっても序列を守ることによりコミュニティを守ると言ういわば保守思想により成り立つコミュニティです。


これと同じような文化を形成していますがまったく別物の文化が存在します。

それが山の民です。


この二つは多いに似ておりますが決定的な違いがあります

それは内部では序列がないと言うことです。

内部で序列がないというのはつまり家族的で先輩であってもおにいちゃんであり敬語などを使わないことや親分であっても気さくに呼び捨てにしたりします。

しかし人前では厳しく序列がありどんな辛い決まりごともコミュニティの命令であれば喜んで遂行する形を取ります。

そんな辛いことはしたくないけど周りの目があるからやらなければならない、体裁が大切で決まりごとを破ることを許しては他に示しがつかない、そんなジレンマによる窮地に立たされる様を見てお兄ちゃんやお父さんは激怒する形を取り何とかその場をしのぎ、体裁を保ちながらその場はなんとか切り抜けたりと仲間内の共感覚を大切にし建前により成り立ちます。

他の人々も分かっていながらコミュニティのためにゆるさないという姿勢を崩さないのです。そして同時に明日は我が身なのです。

これら文化は統治され大名や地主、つまりはお館様を恐れて育まれた文化ではないかと想像しています。

とはいえ平気で敵の御世話になったり失敗したものは逃げて違うコミュニティの御世話になったりと流動的で多彩な人間模様が江戸時代まではありました。現在も一部のコミュニティではあります。

儒教社会では裏切り者は迫害、抹殺されますが日本人はすぐ許しますし始めから本気で怒ってはいません。

つまり家族的な文化であり追い出されたものは泣きべそをかき、いつの間にかいなくなりしばらくして何事も無く戻ってきて温かく迎えられます。

こういっただらしない風情が日本の日常であり庶民文化なのです。


そして現在この二つの文化を巧妙に使い分け現代社会を有利に運ぶ人々がいます。

決定的な違いは敵と味方の区別がはっきりしていることです。

つまりリアリズム、保守、右、儒教、仮観、疑心、男性的と表現されるものと、リベラリズム、革新、左、キリスト教、信心、女性的と表現されるものを敵と味方や状況によって使い分けます。

こういった文化は仲間同士であれば高めあい伸ばしあうことで敵を内政的に引き離し、同時に敵であれば蔑み虐め成長を止めようとします。

こういった使い分けをすることで現実社会で物事を有利に進めることが出来ます。

そしてさらに、敵は建前上厳しく見せている姿や有利に進める情勢を見て「我々ももっと厳しくしなくては」「うちの者たちはだらしない」と考えてしまい自らのコミュニティのクリエイティビティーを下げ生産性を落とします。

砒素を混入したり様々な暗躍する部隊を保持しておりますが巡り巡って税金が賄っています


そして現在日本を貶めるためにこういった活動が行なわれています。貶めると言うか自分たちだけは助かろうとしていると言うことです。


ですので海外から見ると同じような儒教的な思想のように思われるかも分かりませんが大きな誤りであり、これは日本が古くから持つ伝統的な庶民文化です。

言いたいことをいい失敗を社会の失敗だと認め包摂し助け合う相互控除の精神です。

これこそが日本が日本たる文化であり天皇陛下であっても恐れ敬われるものではなく、親しみ愛すという他に類を見ない王族との関係性を構築してきた日本の江戸までの伝統文化なのです。


しかし何時からか日本には朝鮮的な中国的な序列文化を形成する人々が席巻するようになりました。

明治時代です。

安陪首相がアイデンティティとして掲げるいわゆる毛利や長州は明治維新で江戸末期です。土佐、長州藩の勤皇の志士たちの多くが暗殺されました。現在の日本とよく似ています。

安陪政権は右右と言っていますが政策を見る限り労働者の味方でありお金持ちの味方であり政治家なのに非常に日本のために努力している様に思います。民族的な問題にも取り組んでいますが宗教を始めとした中共の手先のようなコミュニティからの嫌がらせを受けていると思われることが多々あります。

国連などでは差別をしている人々が働きかけ部落地域を開示するのは差別だと言っていますが実態は差別するために開示されては困るのです。部落地域に誘い込み電磁波攻撃などで保険を掛けた後に殺害しているのでしょうか。

具合が悪くなり病院に行っても手先の病院が多くありますし医師会にも絶大な権力があるため安心は出来ません。

やたら太い注射を持ち出してきたら狙われている可能性があります。何故こういう陰湿な行いをするのかは宗教的なものでしょうからまともに理解することは出来ないでしょう。

部落地域に存在する行政職員は国家権力なのに民族を優越しますので個人情報の流出や他人が住所を移し親代わりで住所も同じだからと言うことで何かあった場合は部落民御用達の保険会社から保険金を受け取れるようにします。

差別で嫌がらせにあっていると警察に駆け込んでも警察の予算編成権を握る東京都議会を掌握しているのが公明党なので警察も協力的ではありませんし担当した人間が部落民であれば更に追い込まれることとなります。

行政に駆け込み人権担当者が出てくると多くの場合が部落民です。

つまり逃げ場はありません。

これが日本の実態です。

思いつく限りなんでもします。

すべての人ではないですが実態を把握している人々が声を上げなければ同罪と言えます。


残念なことに安陪政権も長州だけでなく藤原氏や徳川や済州島や北朝鮮や中国共産党と様々なアイデンティティを持つ人々が存在します。アイデンティティを持たないと言った方が正確かもしれません。

自民党そのものが癌細胞を含んでます。

野党はすでに癌だと言えます。

その様を見て日本も中国も儒教社会だと一括りにすることは大切なものを見落としてしまいます。


とはいえ其の儒教的文化ですらも親しみ愛す日本人ゆえのジレンマに現代社会が苛まれていると言えるのかもしれません。

日本のあるべき姿を壊している人々は誰だかはっきりと認識し、日本人が自らを認識し選択することが出来るようになるまで臆病で心優しく争いを好まない日本人たちは憎み復讐を糧とした朝鮮人たち?からの電磁波攻撃に晒されることになるのだと思います。

自作自演で無いなら税金で助けてください。

そろそろ癌になりそうです。

著者のお勧め選挙システムを変えよう