世界が平和になるためには「世の中は所詮金だ」ということも認める必要がある

世界が平和になるためには「世の中は所詮金だ」ということも認める必要がある


正義を語る人々が世界を滅ぼすという事については何度も語ったのでここでは語らない

これは人類普遍的なもので正義でなくても悪を語る人々によっても同じことが起きる

しかしその両極端を排除し目を覚ましている事によりバランスを保ち永遠とも言える安定を享受することができる

しかし人間は自ずと盲目を抱え正義を語り弾圧を始める

倫理が、平和が、正義が、悪が

それら幻とも言える夢の中で自分こそが正しいのだと"我々と彼ら"という分断を作り出す

そして憎しみ合い、愛し合う

そのバランスを保つ為に更に大きなベールを被せ、自作自演の対立や秘密の共有などで三蔵法師の様に掌で転がすことで世界を安定に導こうとする

こうして両面を網羅した完全な世界が訪れた様に感じながらも、知らず知らずに傷つけ弾圧が始まる

何よりも網羅するべきは善や悪ではなく、"我々と彼ら"という分断であることに目を背けるから


お金というものは幻想に過ぎない

その幻想は共通認識とも言える

その共通に認識しているものは他ならない価値であり、その価値を生み出すものは他でもない想いだ

幻想と言うのは書いて字のことく幻の想い

目に見えないもので想いがなくなれば消えてなくなる

多くの人々が同じ想いであれば何も無くても価値が生まれる

その価値を生み出しているのは紛れもない人間の感情そのもの


しかし時を遡ればお金は幻想ではなく物々交換権だった

運搬や物量と同じ分だけ流通し人々の生活を支えた

それら物々交換の対象をお金と呼び、それらにまつわる賄いを金融と呼ぶ

この金融を支配し人類に多大な影響を及ぼした一族がいた


ユダヤ


長年迫害された歴史を持つユダヤ人は主から与えられた幸福の巻物を手に何度も社会を席巻してきた

興隆を果たす度に妬まれ疎まれ弾圧され国を追われた

その苦しみの反動なのか、はたまた幸福の巻物の力なのか

そしてまた世界を席巻した人々がユダヤだと言われ弾圧されようとしている

しかしそのユダヤだと言われる集合体はもう既に神の域にまで達している

金融を支配し軍事力を支配し地球を支配していると言っても過言ではない

その事について証拠を出せという人はコミンテルンで間違いない

なぜなら誰もが周知の事実として理解しているからだ

世の中はエネルギーで周っていると


そのエネルギーの源である石油やそれら石油利権にまつわる細かい問題や一次や二次産業となる原料や繊維など根幹にある石油利権をユダヤが支配していないというのであれば一般に出回っている情報が嘘なのだろう

その嘘を流している各国の権力や現在の支配層が大衆を騙そうとしているのだろう

ユダヤで無くても結論は同じ

上念司やケント・ギルバートはコミンテルンだ


しかしそのコミンテルンが悪い人々なのかについては分かる事はない

むしろ世界全体で見た時には明らかに善とされる人々で構成されこの人々の活動により世界はバランスを保とうとしている

問題はこの人々が本当に誠実で正しい判断ができるのかどうかということ

更に言うなればでその誠実で正しい判断は我々にとって良いものであるのかということ


まず正しいかどうかについては大衆には判断できない

何故なら脳みそのキャパが足りないからだ

同じ情報を掴んでも同じようには理解ができない

あるのは幻想や価値観だけ

その幻想が同じであれば正しいという事ができ"彼ら"は"我々"となる

しかしその"我々と彼ら"が集まると違う"我々と彼ら"が生まれる

そして自分はどちらだという事で誇り居場所を持ち人生を終える

この両方を、又は多元的な世界を能動的に創りだすことにより世界を支配している人々がユダヤだと言える


なぜ言えるのかというと人類は普遍的に同一性により求心力とせざる負えないからだ

価値観や肌の色、生まれた土地や同じ経験

様々な理由で仲間だと認識する

民主主義や戦争に至るまで人類は普遍的に多い方が強くなる

それらの同一性で世界で無類の権力を席巻してきたのが"差別してはならない"という求心力

我々は過去に差別されたのだという同一性は強力な求心力となり無類の正当性を担保した

日本では部落済州島コミュニティによる権力への強烈な介入は日本人であれば誰もが知るところ

証拠を出せというのであればその人は騙されているかコミンテルンのどちらかだ

なぜなら周知の事実で共通認識は育まれ真実よりも真実であり更には現実だからだ

しかしこの現実は"言ってはならない"と言う恐怖を背景とした脅しにより見えなくされている

口にするとテロリズムとされ国家権力による弾圧を受ける

それについて証拠を出せというのであればそれは僕には無理だ

お金があり設備や様々な用意をすることが出来れば可能だが僕は無力だから

ある程度の状況証拠はあるが提出したところで力でねじ伏せられるし殺される

相手は国家権力だ

衛星からの活動など一般人に太刀打ちできるようなレベルではない

彼らの正義とユートピアの平和のために


この彼らは溯れば自分達はユダヤだという

そしてそれは容姿にも表れており確かなことだとも言える

そうでない人々も過去に差別されたのだという求心力により仲間となっている

それを部落民というのか済州島民というのかはそれぞれだろう


問題はこの人々が何を考えているのかだ

結論から言うと世界平和だということになる

ユダヤの陰謀だなんだという人や、ユダヤの陰謀論を語る奴は馬鹿だという人がいるがどちらもが馬鹿だといえる

もちろんわざと言って大衆の逃げ場を用意している人もいるのだから断定的には言えない

しかし表面的には馬鹿だ

もしくは馬鹿にしている

比較的大衆は馬鹿なのだから仕方がないがそれにしても気持ち悪いと言わざる負えない

上記のような事を精査すれば当たり前にユダヤの陰謀論が何を指し示しているのか明らかだし、それがただの差別だ馬鹿だと終わらしていいような問題ではないこと位は分かる筈だ

馬鹿でなければ


ここでやっと「世の中は所詮金だ」と認めることが世界を救うことになるということに辿り着くのだけれど上記のことを理解したうえで正義について考えよう


この世に普遍的な正義は正しくあろうとするその心にしか存在せず、物理的空間において正義と断定できるものは正しくあろうと語らい合い続けることしか無い、ということについては認識してもらえると思う

であるにも関わらず日本という合意において"言ってはならない"と言ったような情報の統制された状態で民主主義を正義だと担保しているのは完全に悪だと言わざる負えない

悪だとしなくても確実な正義を捨てているという事になる

これは結果に付随するものではなく普遍的な唯一の正義を捨てているという意味だ


一部の富裕層やそれにまつわるコミュニティに生まれた人々、それは僕の定義では"差別をしてはならない"コミュニティであり、大衆感覚であればユダヤの陰謀の既得権に付随する益を享受している人々

その人々はもちろん我が子を愛する人々で構成され自ずと偏りが生まれる

部落民であれば、済州島民であれば、差別してはならないコミュニティに生まれれば必然的に裕福になる

そして知らず知らずに偏った格差が生まれ分断され"我々と彼ら"となる

その世襲制による偏りは合理的で効率よく短期的な社会にとっては善となる

しかし生まれた分断が後にもたらす弊害は大きな悪をもたらすことになる

そしてまた正義の弾圧が始まる

知らず知らずに"我々と彼ら"という分断が弾圧を容認していることから目を背ける

それは反社会とされる人々であろうと社会性が高いとされている人々であろうと同じことになるという


善が善を語り悪が悪を語る

お金持ちで善とされている人々が世の中は金ではないと弾圧する

貧しい社会悪とされている人々が所詮は金だと暴れている

しかしその弾圧を受けるのはどちらにも力を持たないただの弱き人々

狭間に存在するコミュニティに属さず力を持たない人々を吊し上げ正義だ必要悪だとオナニー(自己満足)をしている

狭間に存在するコミュニティに属さず力を持たない人々を奴隷化し金儲けに勤しんでいる

被害に合うのはいつも何も知らない人々で情報弱者だなんだと言われているが蓋を開けてみれば差別してはならないコミュニティに生まれたか否かが強烈に作用している

どちらにも正義があり正当性がある

しかし人類普遍的に悪だとされることを容認している正義や人類普遍的に善だとされることを否定している悪が存在する

それらが内部に巣食う権力を横暴に力を振るい、ただの差別や迫害や弾圧や虐待や虐殺を行う人々を必要悪だと目を瞑る

その目を瞑っている迫害された人々を辿ると弥生人だとか徳川の子孫だとか

しかしその実体を掴むことはできない

国家が総力を上げて言ってはならないとしているから

そしてまた人々は分断を作り出す


弾圧されているのは何も知らない日本人だ

何も教えずに罠に嵌めながら影からの暴力に耐えるだけの人生

これは陰謀だと言わなければ指し示すことができない

一部の人々だけが共通認識を育み弾圧しているのにその一部の人々の中にいる狭間で悪事を働くオナニーをしない欲求不満のコンプレックスの塊が血相を変えて弾圧している事にはお構いなし

そして世界は混乱し心が壊れて破滅する


違うというのであれば法や倫理観に則って説明するべきだ

コミュニティの掟による無言の圧力は社会悪だ

説明しない以上、気持ち悪いコミュニティの工作員だと言われても仕方がない


お金じゃないといくら言ったところで人間は自ずと価値を定義し優劣を創る

しかしその価値が多元的で個人に自由に由来していれば問題ない

個々が想う価値を定義し優劣を創る

そしてまた人々は交換の合意物としてお金を求める


問題は隣人に分配を行わないシステムだ

一部の人々だけがねずみ算式に裕福になるのが明らかなのに分配を行わない

蓋を開けてみれば言ってはならないコミュニティに税金が流れている

また証拠を出せというのか?

それはこちら側のセリフだ

情報を開示しろ!

分断を作っているのは誰だ!

金くれ!気持ち悪い