VET( Virtual economic theory)

ヴァーチャル経済理論

世界を救う経済理論の前に


先ずは3つのフェーズで考えて下さい

一つはGDP、資本主義、R>G、国際金利による辻褄合わせ、つまり価値の数値化の話

一つは産業構造の変化、これは旧来のものづくりの人物金から情報、発想、走りながら作り変えるというビジネスモデルに変化したこと

そして最後に日本人は何を求めるのか


なぜこの3つを出したのかというと今抱えている問題の本質が、ルールそのものを変えるしかないという事だから

つまり僕たちが今考えるべきは第一フレーズとして産業構造の変化と旧来の財閥などの体質やゴミおじと表現される人々の文化をどう折り合いをつけていくのかということ


その先にあるのが価値の数値化、つまり資本主義による価値の数値化、それは西洋から始まった資本主義の価値の定量化モデルをそのまま日本に当てはめていくのかどうかということ


この上記の2つの根幹にある問題は、ルールそのものをどうするのかという問題です

もちろんその背後には国際社会との連携や軍事問題や国内資産の流出など様々考えなければならないことはあるけれど、ここで3つ目の問題に辿り着きこの問題に立ち向かうことで正解を導くことができる


つまり日本人は何を求めるのか

例えば西洋資本主義を押し通すのならば短期的に日本は産業構造の変化を受け入れ既得権の改革なのか規制緩和なのか、つまり財界には消えてもらう覚悟を持ってもらうしかない程の変化を受け入れざる負えない

そしてもちろんR>Gの法則による長期的にはまちがいなく起こりうる資本主義の原理によるパンクや大恐慌や戦争ありきでこの先を考えなければならない


中途半端に守りを固めるならば他国との競争にどのジャンルでも勝てなくなることが予想され、日本は衰退の一途を辿る


反対に資本主義を捨てて社会主義的になれば財界を守ることはできる代わりに日本は昔は凄かったと過去の栄光に縋るブータンのような国になる

そしていつの日か他国に侵略される


しかし日本独自の経済哲学を提唱し、国際社会と連携して日本独自の道を進むのであれば何の問題もない

どちらも同時に存在させていつでも都合の良い方向に舵取りできるアクロバティックな手法を編み出した

これにより貧しい人も富める人も、老若男女の立場を守り、今ある既得権も維持して諸外国と戦うことができる

しかも低コストで抜本的改革を行うことが可能

通貨の信用は国家の価値に依存しているという原点立ち返る

原点回帰

2680/04/15/10:23 世界を救う経済理論はベーシックインカムではありません


デフレ状態が起こるのは資本主義の性質によるものであり資本の独裁が起こるからであり後に大恐慌や戦争へと導きます。それは共産主義と全く同じ世襲や独裁が起こり共通認識が乖離し"我々"ではなくなるからです。


これらについては説明は省きます。


反対にインフレが起こるのは大衆が暴れないように緩和を続けるからで、後にキリのない金融政策にハマることになりインフラが崩壊し暴動や虐殺が起こります。

これについては皇紀2680又は西暦2020の世界の経済とこれからを観測してください


この二元的な性質をアメリカでは共和党と民主党という政党により管理します

日本では部落や在日という民族意識が管理します


そして起こるのはその既得権に入れた人と入れない人の分離であり"我々"と彼らという新しい乖離が生まれます。

その悪影響が現在日本や世界で起きている大衆の不信感であり共通認識の乖離であり統治者の盲目だと定義されているものです


そしてその溝、つまり既得権に存在していないにも関わらずそれらの既得権に選ばれる優秀な存在や幸運な存在ではなく、全ての人がリベラルでありながらリアリズムを経験することもでき自由な選択肢に溢れ、どちらかを選ばなければならないといったような抑圧的な空間から開放される方法が世界を救う経済理論です


具体的には以下のようになります

特別会計も含む予算が三百兆だとしてその内の二百兆が日本たる日本の為のお金だとします

この日本たる日本という概念については、国防や社会保障など多岐に渡ります

つまり農林水産省などもこれらに入ります

こうした日本の生活の循環を維持する為の資金をこれまでの円ではなく新しい通貨で発行することにします

その権限は国家にあり、日銀ではありません

その前提となるのは日本の最低限の安全と生活の維持のためものです

つまり国家が国民へ果たすべく最低限の義務であるとされるもの、衣食住、最低限の社会保障、軍事、教育、といったようなものです

これらについては国際的な資本の流動に影響は受けませんというものです

つまり経済産業省などの多くは普通の円でまかない、国家の安全の為に一部の特別な政策が必要だとされた時にだけ新しい通貨で補うといったようなことです

勿論農林水産省なども贅沢の為には円を使ったり、国民の最低限の安全の為には新しい通貨を使ったりします


そして更にはその新しい通貨を仮想通貨などの完全に辿れる通貨で発行し、それ自体が減税効果を持ち商材として日本に出回るようにします

しかしその通貨は国内でしか利用できずあらゆる規制を欠ける事が前提となります


例えば外人には利用不可、趣向品には使えない、年度をまたげない、マイナンバーカードが必須、国家が認めたマーケットでしか使えない、、、

などなどいくらでもあるのですが、つまり日本人による日本人のためだけの通貨です


なぜ減税効果をもたらすのかというと流動性を生みたいからです

最低限を超えてでもそれを売買し円を手に入れ趣向品に使いたい時には手に入れる事ができるように賄いを持てるようにするということです


これにより頭の良い人も悪い人も逃げたい人も戦いたい人も富める人も貧しい人も全ての人がリベラルな感覚で存在しながら逃げ道のある多元的な社会が実現可能で、さらには国民を騙す必要もなく、わざわざ右左に揺れる必要もなく、いざとなったら国家が一つになりどちらにも動け、更には国家の暴走が起こることもなく、資本家のマネーゲームに水を指すこともなく、貧しい人も流動性を持つことができ、部落だ在日だという殺し合いから逃げることもでき、知的格差にも配慮することができ、やる気のある人はまかないを持ち、その人のその時の気分でリアリズムやリベラリズムを選択することができ何度でも挑戦することのできる活発な社会が持続可能で、更にはレイプ独裁マインドの昭和教育の魔の手からゆとり教育を守ることができると言うことです

更には国家もインフレデフレを極端に気にすることもなくいつでも国民を見ながら調整が可能で資本家に脅されることもありません

つまり既得権を維持するのが比較的簡単でありながら資本家の影響による弾圧も免れるどころか資本家とタッグを組みさらなる流動性を生み出すことが可能となっています

問題ははじめの審査で通らなければ今までの円の世界に取り残されることとなり淘汰される可能性が極めて高いという事で、逆に言えばこのような理論によるガードをしなければ資本の原理により多くの既得権は破壊されるということが言えます

2680/03/28世界を救う経済理論で一番楽しめるのは投資家たち


この理論の真骨頂は通貨の価値を本来の国家の価値に定量し直す事にあります

もちろん完全にすべてを網羅できるわけではないから乖離はあるものの、自国民の思う自国の価値と他国から見た価値がはっきりと現れることになる


どういうことかというと毎年度資本主義に踊らされることはないとされ国家の安全保障上外す事はできないとされた国民の最低限の社会保障も含めた歳出を自国通貨と別の形で投入する

その通貨は減税効果を持ち国外への流出はしないものとし、国内で新たな市場を生み出す商品券のようなもの

しかし日本に住む人々が最低限必要なものを手に入れやすくなり売買することもできる

毎年支給されることにより貯め込むことはできなくて、できれば仮想通貨などにより完全にその存在を網羅できるものがいい


財源について言えば経済学者はそんなことできるわけ無いと言うかもしれないが、もともと定量化できていないものを定量化すれば同じことになるのだから、財源など必要ないというのが僕の考えだ

つまりホントはあるべきお金が存在していないことが問題だからだということができる

この問題については合コンなどで美しくないとされた人が存在することで他が映える事による対価や専業主婦の労働対価について考えれば、何も不思議ではないことが理解できるだろう

こうした流動的なものだけが価値があると定義している未熟な資本主義にとって不都合な存在こそが国家を支える柱となっているのだということに気が付かなければならない

しかしその不都合さはいわゆるお金持ち達のお財布を圧迫するという不都合さにより生まれているという何とも浅ましい現実がある

そんな奴隷労働を半ば抑圧的に強いておきながら差別なんてない、自由だ愛だ資本主義だと騒いでいるのが現在の民主主義世界の実情だ


しかし全く別の財布を用意することでまるで魔法のように日本のエネルギーの不完全燃焼や性奴隷レイプマインドによるコレステロールで詰まった血管のような濁りは解消される

それどころかお金持ちには減税することもでき人口も勝手に増やすことができ全ての人に逃げ道が用意され労働意欲も下がらず被害感情に駆られることもなく資本家達の横暴に踊らされることもなく国家を売り渡すこともなく部落や在日などを始め移民が腐ることもない

そして何よりも国家に再分配の強い権利がありながら、国内だけに影響が留まる通貨の性質により他国への介入を抑制することで暴走することも無い


更にはどんな人でもリベラルに自由に生きることが可能で多様性は促進されながら差別的な感覚を排除し、精神が腐ることもなく自分の居場所を見つける事ができる

更には国家への忠誠心は自然と養われるばかりか名誉や誇りを求め国家の為になにかできないかと思慮するようになる

そうして思慮すれば自然と世界との繋がりを意識しいわゆる悟り的な感覚を自然と養うことになる

富裕層から奪ったお金で養う必要もなく、旧来の人々の利権も残しながら新たな革新性を持つ企業をバックアップできる


これにより国内の意味のわからない殺し合いも熾烈になることもなくいざとなれば命をかけて戦う人材も養うことができる、これについては欲求が満たされ飽きるからだということができる

そして求めるのは名誉や称賛


何よりも投資家が喜ぶイベントを生み出す事で金融市場も新たな盛り上がりを見せる

国債金利の発表や雇用統計や保険会社の年度投資計画や様々なものがあるが、国家の毎年の自国政府が考える基本価値定量が示される事になるのだから、これ程迄にその国家の内情を探ることが可能な面白い指標もない


これにより投資家はこれまでの様な浅はかな国家の価値や企業収益による博打ではなく、健全なトレーダーたちの分析による国家の価値に依存した市場に通貨の価値を委ねることになる


つまり国家が決めた最低限の歳出額が現在の国家の価値をそのまま映し出す反面で、現在の通貨による国家の価値に依存した世界での投資行動が取られるということが言える

もちろん日本が嘘つき国家とあれば誰も信じないし、国民が殺し合いを始めたのならまともな価値を示せているとは言えない

しかし確かなことはその年にはこれだけの資産に投資をしていますよという示しにはなる筈だ


結論としては、

この時空において発生するパラドックス問題について解決することのできる答えはないと言うこと

通貨の価値の定義について、国家国民の安全を守る事を使命とする集合体による通貨の価値の定義と、お金儲けが全ての富裕層のマネーゲームによる価値の定義を、同じ経済理論で左右されてはならないということに尽きる

表現の自由、つまり人権や人命は経済的自由より優越されるべきだ


きっと多くの経済学者たちは経済学を知らないやつの言うことだとか、上手く行くはずないだとか、まやかしだとか好きなことを言うだろう

なのでこのことを付け加えたい


これまでも一度たりとも上手く行かず、大恐慌や戦争を繰り返してきて、国債利回りによる辻褄合わせで国民を騙してきた人々が言う事ではない


これまでの流動的なものだけが価値があるとされてきた未熟な資本主義では定量化出来ていない本質的な価値、バーチャルな価値の定量化を考慮できる経済理論により国家の不必要な閉鎖性を無くし国民の不信感を払拭し、諸悪の根源を日の本に照らす

(日本人はヴァーチャルと聞くと現実の対義的な意味での仮想だと考えるが本当の意味は全く違う。

ヴァーチャルの対義語はノミナル(名目上の)という意味でありヴァーチャルというのは現実よりもさらに根源的な感覚の事を指す。

つまりヴァーチャルリアリティという表現の本質的な意味は現実ではないけれどももっと根源的な感覚のことを指すリアリティということです。)


VET理論をお気に召した方は他の記事にも目を通して、腐った日本人の意識を変えてください

2680/05/18

数学的に表せばクイーンを日本の最低限の資産への投資とし、キングを趣向品や対外的な経済活動とすれば

Kのn乘÷Q=Kのn乗

他国の資本主義経済との両立は可能であると言える

変動相場制による通貨の価値の担保となるものが中国の為替操作により破壊された今(破壊されなくてもおかしい)、分母を生み出す事で定量化なされていないものや定量化しにくいものに価値基準を与え国防に備える事は普通の事だ

というかそもそも何も変わっていない

結局は国債的な辻褄合わせをすることは同じだ

決定的な違いは、国家による日銀への介入を禁止し、Qという限定的な金融緩和により経済の安定化を図ることで、現代の未熟な資本主義や未熟な経済学に洗脳された大人達でも金融緩和する事が問題ないということが理解できる

MMTを理解できない大人達は損をすると思っているが、結局は獲物を太らせるて狩るという事が理解できずに小銭を握りしめているだけに過ぎない

しかし僕の経済理論であれば緩和をすれば経済が加熱し儲かるという事が容易く理解できる

そもそも無駄なものが多い世界において不必要なものの為に公益が投入されて腐るくらいであれば、寝かせて付加価値が備わる方が良い

国家の資本の背景にある価値の定量化が多元的に行われることにより、これまでマイナスの資産だと思われたもの達にもプラスの価値を定量化するからだ

これらの価値は定量化はした所で実際には人々が欲しがるわけではなく、流動的なものや需要の高い物だけが価値があるとされている未熟な資本主義の中に入ってしまえば計算上の不具合を起こす

なので別次元(別の通貨で別の財布)を用意することで二つの計算式を混ぜる必要がない状態で価値の交換を行うことを可能にした


これにより女性を性奴隷化したり、奴隷がいてくれなければ困ると考えているレイプ犯たちの束縛から国民が逃れることができる


そしてさらにはその新たな通貨に制約を掛けることで資本主義でなければならないと多くの人々が感じている国家の独裁による暴走にも歯止めが掛かり、簡単に言うと資本主義の良い所と共産主義の良い所だけを残す事に成功した

更には哲学的パラドックスにも対抗できる事や、きりのない国家の不祥事への責任追及からも簡単に逃れることができる

これは不透明な部分がなくなるからだと言える


つまり自己責任社会でありながら国家による相互控除を維持できるという事になる


簡単に考えてみてほしい

元々の価値なんて誰にもわからないどころか個々人で全く違うのに定量化して多くの不幸が生み出されて不完全燃焼をしているなんて極めて馬鹿らしい行いではないかと

医療界の既得権を維持することが国家にとって必要である事と、需要により定量化された通貨の束縛の中でしか活躍できない事を、なぜ容認しなければならないのか

お金があればこんな医療が発展してもっと社会の為になるかもしれないのに研究費が足りない、ということがなぜ流動的な物が価値があるとされた社会の価値の定量化により起こり、そこへの投資により他の多くの国民の生活が圧迫されるのかを


全く関係ない

マネーゲームとは全く関係ない

ただ数字を見て納得したいが為にそうしているに過ぎない

家でご飯を作る母親はタダ働きをして価値を提供しているのに対価は発生しない

価値の提供と通貨の定量は全く現実を投影していない

治療を受けている人の社会的価値は個々人により千差万別

同じ風邪を直してもその価値は全くバラバラ

なのになぜ診察もしていない顔すらも見ていないどこかの誰かが決めた保険料で治療する事ができるのか

全ての価値の定量化について一度考え直せば全く違う世界が始まり、極めて幸せに満ち溢れ、技術革新の止まらない世界が訪れる


きっとまたこんなことを言うだろう

働かなくなったら社会が持たない

だから僕はこういう

みんなが働かなくなったら、僕が働く

だから自由市場なんだ

働きたくないやつは働かなくていい

社会悪だから


きっと社会が持たないと考える人は例えば病院で患者が増え過ぎたら医療が崩壊するとか考えるだろう

農作物を育てる人がいなくなれば食べるものが無くなると考えるだろう

そこにまさに経済学の嘘がそのまま現れている

おかしいじゃないか

需要と供給の変化があれば自由市場の原理により市場が生まれ経済が大きくなるはずではないのか?


それでも上手く行くはずがないと言っている人には三つのことを言いたい

あなたが現在の仕組みで上手く行っていると思っているのはあなたの時空から見ているだけだ

偶像崇拝を止めなさい

そして何よりも上手く行くも何も、本来の世界に戻ろうというだけのことだ

これまでと大きく違うとすれば文明の維持と加速が容易くなり、人々の幸せが増え不幸が減るということかな