中国の文句はいいから日本はどうなのか

2680/07/07/22:46

中国がちゃんと経済を嘘つかずに開示すればいいだけの気が、、、


米中戦争や日本の事どころか世界の未来においても、習近平が鍵を握っていると思えてならない

しかもその鍵は中国no.2の利主席が辞任を願うほどの呆れる程度の問題で埋め尽くされているようだ

そしてそれはどうやら文化に縛られたもので、”メンツ”というものらしい


この面子というものは日本の反社会的勢力や原理主義世界では強烈に作用するもので、感情といえばそれまでだが、戦いの世界においては強い求心力や統率力の礎となるものである

面子が立たなければ(畏怖の念が込められていなければ、立派で称賛される様が成り立たなければ)部下は忠誠心を無くし悪事を働いたり、それどころか転覆を企み始め統制できなくなる


しかし現在の問題について中国内部のことは知らないけれど、中国が犯してきたことを著者は多少は知っていて、昨今の右と言われる人々に習うような言説を同じ様に認識している

更には変動相場制を崩した根幹にある問題が、中国による嘘の経済報告やIMFを始め国際社会からの再三に渡る為替操作の是正のお願いや忠告を無視した結果だと独自では判断している

それらについては今更ここで言うまでもないので省くのだけれど、僕の個人の感覚としてみんながイジメ始めると逆張りしたくなる性質により中国に救いの手を伸ばしたいとそう思い始めたので、どうすればみんなが納得してよりよい未来を築くことが出来るのかをここで考えたい


まず上記のような問題について考えるときには結局は気分でしょというスタンスが好ましいと感じて生きてきた

なんだかんだ面子だ意地だ筋だ男だ何だと言っている人々は気分さえ良くなれば何も関係がない

この何も関係がないというのは本当に何もだ、何がなんでもどうでも結局は気分がいいかどうかに全てが左右される

これはメンツだ男だなんだと言っている全ての人に当てはまると独自には解釈しているし、実際に差別の中を先輩たちの顔色を窺って生きて来てこれほど実践的なノウハウはないとさえ言える

反対に言えば人間は気分さえ良ければ何だって出来る、もしかすると本当に空も飛べるのではないかと子供の頃に武空術を試した人も多いのではないだろうか?僕は飛べなかったがオウム真理教の麻原という僧侶は飛んだと言い張っている

そして大事件を引き起こした

ここで麻原の名前を出したのは冗談でも何でもなく、彼を始めとする独裁的な思想を持つ人々は原理的に同じような論理を辿ることになるからだ。そしてそれは中国の地政学的性質をそのまま表している。


ロジックは簡単で、そもそもが自分にとって都合のよい未来を叶えようと願えば願うだけ気持ちを操るハメになると言うだけのこと

恐怖や苦しみから逃れようとすれば儒教的な言い回しになるし、良い気分になろうとすればキリスト教のような表現になる

まったく正反対のように見えるこの二元的な反応も同じ線のどこを軸にして表現しているのかと言うだけで何も変わらない

もちろん社会を形成する上では生きていたいと思う人でなければ社会を維持するという定義そのものが当てはまらないのだけど、破壊する必要がある場合には論理が反転し始める

夏も冬も同じ時の中でそれなりの良さがある

どちらがどうだというものではなく選択肢があるのが好ましいだろう

人間の心は変わりやすく定めてしまえば苦しみの始まりとなる

いつでも自由な選択肢に溢れていて初めて本当の幸福に満たされることになる


このような精神的な目線で中国をみてみれば、巨大な大陸ならではの苦労や厳しさにも目を向けることが出来る

同じ様に習近平国家主席の抱える並々ならぬ重圧や中華の背負う争いの歴史を感じずにはいられない


もちろん僕は中国は日本にとって極めて危険な存在であるという立場に立っているし中国が行っている歴史教育などを理解すれば誰もが危機を感じるだろう

しかしだからといって中国がただの悪だとは思わないし日本人を拉致した北朝鮮ですらただの悪だとは言い切れない

もちろん日本にとっては悪影響が強いと言えるし僕は拉致されそうになったと感じているし731部隊の子孫かなになのかの迫害や弾圧や差別の中を生きてきた

だからまったく以て味方をする気はないし、むしろできないとすら言える

しかしそれでも国が総力をあげて行っているらしき他国を憎むためのプロパガンダには素直に賛成ができない

これらは全てが習近平や中共の問題ではなく日本の問題だからだ


昨今の世間を覆う言説の多くが正義や正しさを前提とするわけだけど、その正義がどうだという言説では何も解決には導けない

それどころか意味のない堂々巡りのパラドックスに陥り国内で論争するだけで何も合意には至らないだろう

なぜならそれが現実だからだ

愛や正義を語るならばそれらは全て人間が作り出した偶像に過ぎないということを理解する必要がある

その上で自分が何を求めるのかという問題に着手しなければ何も答えは出せない

軸がなければ比較対象が存在し得ないからだ


一般的に言われるような正義や愛には人間の弱さや理想やすがるような想いが詰まっている

そのはっきりとはしない何かをあるように感じることで、その場をなんとか取り繕ってだましだまし生きている

しかしもちろんその場その場の合意点が存在する以上、その場においての正義なるものは存在する

しかしその合意点を探るのに絶対になくてはならないものが軸となるなにか

その軸と軸とを比べたりしなければ何の話をしても結論は出ない


前置きが長くなったけどつまり中国が悪いとかなんていいわけではなく、日本にとって害があるから日本はこうするということが言えなければ日本は独立するべきではないだろう

アメリカがどうだの正義がどうだの言う前に、日本は我を持たなければならない

その我を持てない烏合の衆が大陸で殺しあっている人々に正義だなんだと言ったところで反対に怒られるだけだ

もちろんその我が米国や中国への憎しみや復讐心では怒られるどころか戦争に発展するだろう

だからそんなことは避けたいところだが、日本は国内でそんな事をしている気持ち悪い組織が何故か強い発言権を持ち日本国民をイジメて虐殺を正当化している

しかも何やら北朝鮮の拉致や人身売買などとも関わりがありそうだし、他にそんな事する組織は考えられない


香港や台湾やチベットやウイグルの問題を取り上げて中国を悪者にしたところで中国は気にも止めないだろう

他に手があるならやっているだろうからだ

だから日本はそんなことより日本はどうするのかをはっきりと示さなければならない

その上で国内の方向性を国家が指し示すのだ

示さなければアホな国民はわからないからだ

国家が示すことにより国民は軸を意識することが出来る


この示すという作業こそが統治にとって大切なことであり責任を持つということだ

国内の犯罪についても警察がわかりませんはありえない

はっきりとはわからなくても何かしら示す必要がある


ここからは想像なんだけどもしかしたらやはり日本は現在、育てられているのかもしれない

反旗を翻さないように温室で育てられた日本人は戦後の洗脳から解き放たれると同時に現実を直視する必要があるということなのか

心から戦後の洗脳が日本を貶め無駄な争いを生み世界に迷惑をかけていると感じる

生産性がどうだの人的資源がどうだのと言っているが、結局は鍛えるだの必要悪だのと自分だけが気持ちよくなりたいだけのレイプを都合の良い言い訳で誤魔化してきた統治方法から生まれる自然な反応であり、自業自得だと言わざる負えない


だから先ずは軸を取り戻して気分の良い方向を模索してみてはどうだろうか?