出来レースである事を理解させる方がマシ

2680/06/19/12:33 記者クラブを潰すと言っている桜井誠


日本第一党

名前からすると明らかな偏りを感じる

桜井誠さん率いるこの組織は政治プロレスだと言われている

僕もこの説には同感で、更に言うなれば日本の政治自体が全ては自作自演の出来レースだとすら思っている


年を取ると人は落ち着いている

多少の出来事は気にも止めなくなり、その落ち着いた感覚は年を取るからこそ滲み出る包容力というか哀愁というか、何もしていないのに何か負担を負っているような

しかし日本の豊かな時代はこの包容力が紛い物となった

何も経験していない大人たちが机上の空論と民族的差別の中で国家権力を独占して大衆には言ってはならないことがあり過ぎて、なんて説明したらいいのかすら分からなくなっている

都市伝説のように聴こえるこの言説も歴史を辿り調べて見れば何の不思議もない人類がこれまで何度も繰り返してきた統治形態の延長線上に存在する普通の出来事だということが分かる

その様を見てそれなりに情報収集した人からすると出来レースだという表現となる


問題はなぜこんな事になるのだろうかという事


世界は実は密約で回っている

これは統治する人々からすれば言えない秘密を作ることこそが力となり権力の維持に必要不可欠だからで大衆感情を刺激せずに国家間の取り組みを円滑に回していくことこそが最重要課題だからだ

その時に本音をぶつけ合う様な関係では上手く行かないのは一般社会を経験したことのある人であれば周知の事実

美しい人を見る度に性欲を顕にしたり興味のない話は耳を塞いでみたりするわけには行かないのだ

未だに熾烈な争いを続けている日韓の問題についてはその根底にある問題がどこから来るのかを知る必要がある

その根底にあるのは何やら日韓合意とやらで結論だけ言うと結局の所、玉虫色の決着ということらしい

つまり問題を点で表せば日本からすれば韓国がおかしいなどとなる問題も歴史の中で線や面として見てみればお互いに合意点や妥協点を探り合い、例えばあの問題は我慢するからこの問題はそちらが折れてくれと言うような

そうした合意の中で行われる外交戦略の集大成としてハッキリできないけれどここで終わりだという落としどころができたという事のようだ

つまり大衆がちまちま文句を言うことも考慮しつつそれはそれで仕方が無いというハッキリしない終わり方で合意に至っているのだ


こうして考えてみればそれは当然の事で個人間の人間関係においてもハッキリと友達、知人、親友などという様に固定化された関係の方が珍しい

なんとなく付き合おうとは言ってないけれど体の関係はあったり、仲間だとは約束はしていないけれどよく遊んでみたり

国家間の合意は取れても国民感情は取れていなかったり、前大統領とは合意したのに次の人は納得していなかったり、この点について官僚独裁社会主義の日本では考えられないと感じてしまうが、民主主義とはそういうもののようだ


しかし一般社会で経験がそれなりに長い人が普通に分かることがある

それは言えないという事を言うと言うことである

言えない事や様々なことがあったとしてもそこに誠意があれば人間はざわざわしない

公的な立場の人は大衆を馬鹿にし過ぎなのか、頭が良すぎて説明が細かすぎるのか、そもそも鼻から伝える気も納得させる気どころか合意が必要だとすら思っていないのか、大衆へアプローチが上手く出来ていないようだ

大衆はとても馬鹿であるし鋭い面もある

しかしその本質は納得できる答えを知りたいだけだ

納得できなくてもこれ以上は意味が無いということを理解したいだけだ


だから桜井誠さんや政治が出来レースでも何でもいい

ただ時代が変わり記者クラブはいい加減使いみちがなくなったから大衆を納得させる為にも壊してしまおうだとか、NHKをぶっ壊せだとか

ただその仕組みが嘘や秘密で出来ている事を言ってはならないとしている事や、その存在のことすらも言ってはならないとしていることについて良く考えて見てほしい

ほんとにそれは隠すことが必要な事なのか、それは国民に対してどの様な裏切り行為なのかを


そうして導かれる答えは何も恐ろしいものではなく開示する責任や義務や、義務教育で教える必要性があるということに辿り着く

その情報格差や価値の定量化のなされていない価値の定義による通貨の流動性の低下による痛みを受けている人々との資本格差や教育格差が、生産性どころか人類普遍的な幸福すらも奪い多くの大衆の人生を不穏なものとしている


何を恐れているのかについては被害妄想であると言わざる負えない

五体不満足で生まれた人々がその事を隠したいと感じるような社会が健全なものだと言えるのだろうか?

隠したいと思うのが問題なのではなく、そのような社会のままずっとやって行く事が果たしてまともな事で、日本の為になる事なのだと言えるのだろうか?ということ

落合陽一さんはダイバーシティと呼んでいるそうだけどカッコいいじゃないか

僕も真似をすることにするよ


ルールを変えなければダイバーシティ部落済州島民コミュニティの被害妄想が世界を滅ぼす