pluralistic democracyが必要な理由

2680/04/08/11:53 多元的な民主主義


まず初めに著者の政治感やイデオロギーについて触れていただきたい

僕は子供の頃から日本を統治しているらしき民族コミュニティによる弾圧の中を生きてきた

その影響なのか元々の性質なのか、日本を考える時に指針となるものは日本にとってどうなのかということである

わざわざ言う必要のないこの前提を言わなければならない事についてまずは紐解いていく


以前から直接民主主義について考えていた

なぜわざわざ現代のような情報技術の発達した社会において間接的な民主主義でなければならないのか

しかもそうした政治不信などからなる言説が溢れ始めてから日本の統治者たちは言い始めた、「民主主義は間違っている」


民主主義についての結論から言うと、結局のところ合意を求めなければならない人々がある程度は同じ宗教の信者でなければならない

それがアメリカでは自由資本主義であり、日本では部落や在日という民族的イデオロギーが担ってきた

その宗教は様々なもので構成され一概に言うことはできない

しかしここでどうしてもフォーカスして欲しいのは、宗教に属していない一般国民についてだ

それら一般国民は誰を選べばいいのかどころか、誰がどういった宗教や民族コミュニティに属して存在しているのかすら知らない

それどころかそういった日本の真実の権力構造の仕組みすら知らない


学校では三権分立だなんだと教えられ「みんな仲間だよ、協調が大切だよ」と教えているが自分たちが仲間だとした民族コミュニティ内部では「所詮この世は弱肉強食だ、このことは他の奴らには言ってはならない、我々は差別されたんだ、これは必要悪だ」などとテロリズムを養っているのにもかかわらずテロ対策するハズの取り締まるべき人々がこうして日本人を差別し求心力を強め、宗教を媒介とし国家権力を独裁し資本力や動員力を高めている

つまり実際には日本の国家権力は部落コミュニティによる一党独裁

民主主義のフリをしているだけで全くの社会主義

そして始まったIT革命により民主主義による直接選挙の話題が持ち上がれば、「民主主義は間違いだ」と言い始めたのである

これらについて細かい説明は省くけれど、結論としてはこうだ

「民衆は馬鹿だから民主主義は危ない」

そこで僕が持ち出した論理はこうだ

「馬鹿じゃないとされた人々は馬鹿の犠牲の元で育まれたのだ」

するとこういう

「しかし選択が間違えば損をする」

だから僕はこういう

「その小さな選択の間違いよりも、世襲や資本格差による特権が生まれ独裁や権力の集中が起こると人類が最も忌むべき大事件に発展する、つまり最も間違えてはならない間違いを犯し、多大な損をする」

すると彼らはこう言い始めた

「所詮この世は弱肉強食だ、革命が起きそうだから民主主義はもう止めよう」


これでは本末転倒だ


これでこの問題を考える必要性について理解してもらえたと思う

だからわざわざ僕はこの問題を考えるときに指針としているのは日本にとってどうなのか、という前提でいるとわざわざ言わなければならない

どの民族コミュニティにも属さずにただの日本人として生きてきたからだ

なので旧来の既得権群である部落だの在日だのの殺し合いを是正し、それら既得権群と健全な社会のどちらも維持する為に必要なことを考えた

一つは経済システム

もう一つは民主主義

経済については以前から世界を救う経済理論として発信しているので、今回は民主主義について綴る


上記のように日本は本来考える必要のない気持ち悪い問題に直面している

戦後これまで世界でも有数の経済大国として黒字経験しか無いと言う程の優秀な成績を収めてきた

しかし増え続ける特殊法人を始め、税金で残そうとする文化や伝統を建前とした既得権群は拡大を止めず、資本主義という明らかな問題を抱えた仕組みを採用し、その不必要な負担が貧しい人々へと擦り付けられ続けているのにも関わらず、そんな痛みは屁でもないとしてまだまだお尻を叩いて痛めつければなにか出てくるだろうと弾圧を正当化しながら酒池肉林をやめない

その資本主義の明らかな問題とはR>Gという法則であり、資本主義の性質によりお金を持っている方が勝ち続け富が一極集中するという性質に由来される


すると始まる中間層の崩壊によりある程度の豊かな生活を担保に回していた民族的宗教が崩壊し、民族コミュニティに属していない人々は更に痛めつけられる事になる

立ち上がろうにももともと疲弊している弱き人々は世の中の仕組みすら理解していない

なんとなくすがる宗教も裏で民族意識により政局を誘導している

つまりすがろうとしても健全なすがるべきものはなく、すがればすがるだけ更に彼らの為の一票を投じる事となる


その存在のことを語ることすら危険を伴うこの国では、公に警笛を鳴らす事すらできない

差別主義者のレッテルを貼られ、更にはテロリストだと言われ公の安全を守る組織からの弾圧の標的にされる

そして彼らはそれを必要悪だと言う

もちろん必要だろう

しかしそれは彼らの為の必要悪なのだ


断っておくともちろん公の安全を守る組織が悪いと言いたいわけではない

たまたまなのか、偶然なのか、仕組みがそう作られているのだ

もちろんそんな仕組みをわざわざ作ったのかについては僕のような一国民にわかる訳はない

確かなことは仕組みがそうであるということだ


これを打開するべく時代の到来と共に彼らは言い始めた「民主主義を辞めよう」


この問題の何よりもの根幹に作用しているのは統治民族たちの被害妄想であり恐怖だ

この実体がバレてしまうことが嫌なのか、既得権を破壊されることが嫌なのか、真実はわからないが日本のことよりも自分達のことを考えていることは、経済政策を見てみても明らかだ


そんな中で自らは統治民族に属していながらも健全な社会を取り戻そうと戦っているらしき人々が存在する

しかしその人々の中にもスパイや悪とされる性質を持つ人々が存在し訳がわからない

それどころかそのスパイとされる人々にもそれなりの正当性があり、社会主義的であろうともある程度の管理の中で生きて行くほうが日本人には向いているのだ、と言ったような


しかしそれら全ては国民が決める事なのだ

アホが投票して問題があるのならアホじゃなくなるようにするべきだ

貧しい生活の中で親からの暴力を始め様々な弾圧の存在している社会設計が問題であるのに、バカが増えたと嘆いてどうするのだ?

しかもその痛みは国家権力周辺の悪事を働く人々により引き起こされている


とはいえ本当にいきなり遊び半分で投票されてもならないので以下から数年前に考えた折衷案を見てみてくれ