Writing.........

@masai8311 大変恐縮です。このように高い教養を必要とする返答をして頂いたことに感謝します。 前代と近代の違いによる現代への影響などについてあまり認識できていませんが、僕が伝えたいのは次の二点です。 近代であろうと前代であろうと価値の数値化できていない価値あるものヘの補填が不十分であることが精神が歪む理由だということと それはつまり西洋様式を日本が体現しきれていないのだとしてもわざわざ突っ込む必要もないということ 例えるならば主婦の労働に対して払われない対価について社会が認識し、一般の労働と同等、またはそれ以上の金銭的価値による補填が必要です。 (人口を増やすことが国家や地球規模で考えたとしても許されるのであれば(資源の枯渇に由来)) または現世では美しくないとされた人々へ対する精神的負担などへの補填についても社会が認識し、補填(これについては反対に美しい人の存在があるから欲情し美しくないとされた人もチャンスが生まれるなども考慮) そういった一見馬鹿馬鹿しいとすら言えるような繊細さで貧困層へ救いを察し述べることができなければ感謝は薄れ倫理観は欠如します。 報われていないと感じる人々が増えるからです。 そしてインフレ率が2%を切ると汚職が蔓延るという問題についても同じことが言え、価値の数値化できたものだけを基準としているから例えインフレ50%であろうとも汚職は無くならないどころか、欲求不満の原因にすら気がつくことはなく煩悩はどんどん膨らみ悪は蔓延ります。 つまり近代だとかという問題ではなく、まったく見当違いの問題提起をし右往左往しているのが現代の人類の問題であると思います。 このことは資本主義を否定しているのではなく、価値の数値化できていないものがあるということを理解した上で、豊かさを維持するため資本主義体うある種の発明を活用するべきだということです。 現代のように資本主義に飲まれた世界は意味がわかりません。 同じように国家による弾圧や社会的制裁やイジメを受けた人などへ正当な救いの得られない社会であれば労働意欲はなくなり、何が幸せなのかすらわからなくなるでしょう 人は関係性の中で幸せになるのと同様、不幸にもなるからです。 つまり報われた、感謝、ありがたいと思えなければ何兆のお金であろうとも何の価値もないと思います。 欧米のリベラルアーツの根底にある強き人々のためのリベラルアーツと、東洋の根底にある危機管理による弱き人々のための統制を資本主義に騙されずにどちらかだけが正解だとするのではなく維持するだけで良いのだと思います。 それはつまり量子論であり、我々は不確実な波の性質を持つ存在であるということを認識することが求められると思います。 認識しやすく経済的に言えば、税金を取る必要もなく最低げんの保証のある世界だということができます。 構造的に言えば全ての人が公務員で、責任を持ち、既得権を持ち、全てのコミュニティに能動的に流動性をもたらすことで腐敗を肥大化しないように排除し維持することが可能となります。 同じ仕事をずっとするなんて気が狂っているということで表現できるのかもしれません

わかりにくいかもしれないと思うので追記します。

簡単に言えば犯罪者を見てかっこいいと思うのか、可哀想な人だと思うのかということだと思います。

西洋のようなリベラルアーツを持てば自由だと感じるでしょうが、東洋アーツを持てば何か辛いことがあったんだということが理解できます。


リベラルアーツにより守っている自由とは誰の自由なのでしょうか?

アメリカの自由のモデルとなった哲学を生み出したロールズは言う。

「そのものの権利を主張できるのは、他の人にも同じものが残されている場合においてだ」、と


この東洋西洋の対立の問題の根幹にあるのは、お互いの主張が違うものであるという認識です

しかし実際には同じものを多面的に捉えているだけなのです。

つまり全く同じ動機で全く同じことが起きて全く対象を観測しても、全く違う表現や感じ方や考え方があるということです。

それは我々が多様に変化する移ろい変わりゆく存在だからです。


大切なことを忘れ得ていたので付け加えます。 僕は犯罪者を肯定するのではありません。しかし正義を語り弾圧することで、正義の集合体はやがて盲目を生み腐敗します。 つまり弾圧や人を傷つけるいわゆる必要悪という言い訳を排除しなければ認識は歪み腐敗するということなのです。 悪いことだけど行うという前提に立ち返ることで、十字軍は暴走を免れます。