ユバル・ノア・ハラリのホモ・デウスを読んで

ユバルのホモ・デウスを読んで


ホモ・デウスをざっと読んでみて最後のユバルの問に答えたいと思った

ユバルの本をざっと目を通していて感じることは頭がいいということは辛いということ

僕からすると伝えたいことを細かくしたいというその性質は地獄とさえいえるが人類を飢餓から救ったのは正にそうした人々による細かさによるものだろう

その細かい人が究極の問いを投げかけた


ほんとは3つあるけど読んでない人もいるだろうし僕自身がすでに忘れたので大枠で答える

最後の問いかけは大枠でいうと感情と論理の対立

ユバルの表現で言えば、我々人類はアルゴリズミックな数学的な高度に計算された無駄のないコンピューターがはじき出した答えをこなしていく世界と、不完全だらけだけども人間らしい失敗のある世界のどちらを選択するのかということ

これらをみんなが考える必要があると


人類は必ず究極の選択を迫られる

そしてそれは現在の我々人類にとって目の前に提示されている問題で資源に限りのある以上、逃れることは出来ない

しかしながら完全に統制された社会を形成することにより出来るだけ被害を最小に抑えることが出来る

それは過去であれば神の裁きだからということで人類が諦めていた自然による鉄槌との戦いともいえる

現在の世界で言うなれば資本主義の原理によりお金がなければ命を脅かされても仕方がないという弱肉強食の原理といえる

日本で言えば部落済州島民コミュニティによる必要悪とデコレーションされた正義の弾圧という名のいたぶることを楽しみながら数十年に及ぶ嫌がらせの末の殺害ともいえる


これら最終的に辿りつく神の裁きや人誅や自己責任や弱肉強食と表現できる現象は時を経て必ず起こるしずっと起こり続けている


そしてユバルは提示した

こうした現象にどれだけ正しさを盾に立ち向かおうと必ず起こりうる人口増加に立ち向かわなければならない現実がある

その時に僕たち一人一人に与えられるのは永遠の統制

計算されたとおりに動くことの出来る人しか存在していてもらっては困るという問題

人間らしさや不完全さが存在すればやがて人類を破滅へと追いやる

その世界はすべてがアルゴリズミックに構築された隙のない世界

論理で構築すれば必ず辿りつく究極

ミスをした人間から烙印を押され排除されていく


反対に人間らしい世界を残すのであれば差別や弾圧を残すこととなる

失敗を受け入れながら弱きを弾圧することで自然な殺し合いを生み出しバランスを取る事になる


つまり論理的でアルゴリズミックな計算された世界であろうと人間らしい意識や感情と表現できるものを大切にした世界であろうと起こることは不必要とされた人や弱いとされた人々への弾圧


一見この答えるのは難解そうな問題もある前提に立ち返ればはっきりと指針となるものがみえてくる

それは人は何故生きているのかということ


機械的でアルゴリズムに支配された世界は人間にとって何をもたらすのか

人類の幸福を追求して生まれて死ぬまでの幸福を最大化するために決まった栄養を与え快楽を最大まで得ることができるように計算して薬物を投入する

決まった役割を担い決まっただけの快楽を得、不要とするものを排除する

生きているとは到底言いがたい機械的な一生


対する人間的と言えるような偶発性や不完全性を容認した世界

罪を犯し失敗をする

被害者は存在し虐殺の可能性すらある

しかし選択肢は無数で苦しみや喜びのある世界

まるで正しいとは言いがたいこの世界にも間違いを犯さないように正しさを押し通した機械的な世界にも必ず存在しているものがある

それが価値判断


悪を排除し緻密に計算を重ね完全な統制を行なう根幹にあるものは失敗をしたくないといった感性や合理化を求めた末に現れる狭義

それらを善いものとしたのは恐怖や未来への期待からなる予測

嫌な思いをしたくないから、良い思いをしたいから

人を傷つけたくないから、人を幸せにしたいから

つまり論理を構築する根幹には人間の感情が作用してる

この宇宙はあなたが存在していなくても存在するけど、その宇宙はあなたにとって意味があるのだろうか?

もちろん家族が存在しているのであれば意味はあるがその家族やあなた自身が関わる記憶も痕跡もない宇宙を発見したならばその宇宙はまったくの無意味なものとなるはずだ

あなたが見た瞬間にその宇宙は存在し価値を持ち始める

あなたにとって


対する論理などではなく人間の意識による世界

意識だけが価値を持つといわんばかりに横暴を重ねれば文明は破壊され世界は混沌とする

強いものがすべてを独占し悪や起きてほしくないと感じるものが蔓延る社会

気持ちが全てを決めるということは弱肉強食であるということ

もしあなたが最も弱い存在として生を受けたならばどうだろう

生まれてくるのが嫌になるかもしれない

それだけではなく現在の部落済州島民コミュニティによる弾圧のように生きることが辛くなるようにデザインされた存在として生まれてきたとしたならば

ヒ素を盛られ鬱状態で集団ストーカーや電磁波攻撃など社会生活だけでなく人間関係や家族関係すら破壊され思い出すらも暗黒の者とされる世界

やられる立場であれば許すことは出来ないだろう


ここでユバルの問いに立ち返る

我々人間は何を選択するのか


結論として人類普遍的にこのどちらかを決めることには何の意味もない

なぜなら表現の仕方が違うだけで起きる現象に違いはないからだ

不都合とされた存在が弾圧され、善いとされたものが正義となる


人類に残された選択肢は何をよいと思うのかを定義し共通認識を育むこと

つまり合意形成を怠らないことだけが唯一の正しさ


しかし嘘をついて悪いものを善いと言い、善いものを悪いという人々が存在する

本当に思うのであれば自らを傷つけるであろうはずの人々が自らを守る為に他を傷つける

しかしその人々は見ていればうそつきなのが分かる

そしてその哀れな人々にも様々な仕方のない理由が存在している

そしてその多くは運としか表現ができない


これらと同じくして虎ノ門ニュースの青山繁治さんの「アメリカの公開された機密情報が嘘である可能性についてはどう考えるべきだろうか?」という問いかけにも同じことが当てはまる

すぐに公開することは安全保障や治安維持上不適切と判断され50年後の公開とされた公的機関の超法規的活動の実体などの開示を受けてどうするべきなのか

例えば自分がその立場であれば50年後に開示されるものに対して虚偽のものを残すのだろうか?

それが国家のためであれば正直さと愛国心のどちらが大切なのか、そればかりかその役割を担う存在全ての人が正しくあろうと考えていると何故言い切れるのか

確かにすぐに開示するということよりは比較的嘘をつきにくいだけでなく、その立場に立つ人であれば一定の誠実さを持ちえる

さらにアメリカなどについては正直さへの敬意や聖書による過去の書物への思い入れや嘘への嫌悪感など文化的な面からも信憑性は上がる

しかし50年後の人々が不都合だと感じたものを開示するかどうかという問題もある


つまりこれらについて決定的な答えはない

しかし確かなことは開示されようとした時だけでなく、秘密にした時や文書にするときに過去の人々、それは僕たちと同じ人類がその時代で選んだ最善の選択であったのだろうということ

そこには嘘や偽りだけでなく多くの失敗も孕む

しかしその現実を受けて僕たちや未来の人々がどうするのか、そこに選択支は残されている

その開示を受けてどうするのか合意形成を図ることだけが唯一残された正しい選択なのではないだろうか?


しかし部落済州島民コミュニティによる弾圧は合意形成どころか共通認識すら図ることが困難な程の代物

正義とは到底いいがたい気持ち悪いと感じる行いの数々

さらには日本という合意すら無視した残虐で計算高く権力を悪用した卑劣な行い


いい加減に謝るなりしてください

謝らなくて良いのでお金ください

円高になっても元々のお金がないです

まさかデノミは治安の悪化が明らかだから部落済州島民の逃亡資金の為なのではないですか?

もしくは日本では生活が困難にして支払いを極限まで減らして海外で生活させて円安誘導すれば日本に帰れないように出来るとか

ついでに不都合な存在を海外であれば殺せるからとか、、、


日本を破壊しているのはだれですか?

頭がおかしくなった人が悪いのか、頭がおかしくなるようなことをした人が悪いのか

一体何がしたいのか、、、