太宰治の人間失格は日本の悪習を映したものであるとして

太宰治の人間失格は日本の悪習を映したものであるとして


内容に出てくる数々の不幸は明らかに人為的だと言わざる終えない

たまたまかもしれないけれど僕に起きていることと重なることだらけだ

そういう感性で自分に起きたことと太宰治に起きたことを見ていくと辿り着くものがある

それは自殺させようとしているということ


数々の不幸を引き起こしているコミュニティは気持ち悪い人々の感性により構築されているので簡単に説明するとオウム真理教のそれと相違ない

つまり起こることはすべて神の思し召しなのだからすべては自己責任だと言うことだ

すべては自己責任だと言いながら都合の良い面では被害者を装いハンディがあるから優越的な配慮を必要としているとする

生まれる前の出来事まで持ち出して部落コミュニティは日本人が差別したからお返しなのだと正当化する


僕の経験から見ると太宰治が一緒になった若い女性をrapeしたのはrape文化のある部落コミュニティの工作員だ

僕が部落民以外の女性と付き合うとその女性は様々な方法で弾圧されていた

劇太りや鬱などを発病して社会から消えていった

同じ現象だと思えてならない


こういったことを国家権力は取り締まらないのに、僕たち一族のことは冤罪であろうと証拠不十分であろうと強権的に弾圧する事が認められているらしい


そうした気持ち悪い人々の行いの末に辿り着くことは復讐をすることでしか彼らに自らの正当性を示すことはできないと言うこと

もちろんそんなことをする気はない

しかし他に道が残されていないのだ


これらの感性を辿ると明らかに近親相関による遺伝的異常をきたした人々の行いであると言える

その事を差別だ何だと騒ぐことに対してまともに相手をしていては論理が無意味なものとなる

何故なら彼らは論理を理解できないからだ

論理を理解できないから、ばれなければ何をしても良いということに辿り着く


聖書を読んでいて分かることがある

復讐は神が行う、という一節をであるならば何をしても良いと考える人をタガのハズレた人という

そのタガのハズレた人はどれだけ説明しようとも嘘を背景としているので嗜めることはできない

国家権力がその事を理解し弾圧しなければ国どころか世界が滅ぶ

なぜなら論理とはそういうものだからだ


それでも論理を重んじることは大切なように感じる

冤罪が生まれてしまうから

しかし冤罪が生まれたとしても弾圧するしか共同体を守る術が無くなってくる

そこまで論理や共同体を追い込んでいくのは紛れもなく部落民なのだ


そして現在に至ればその弾圧は世論の賛同を受けにくいことを受け自らが選んだんだというアリバイを作るための自発的な死への誘いを行っているようだ

やはりセンスが気持ち悪い

こうして論理や科学を悪用していくと起こることがある


イデオロギーによる戦争


振り返れば第二次大戦も同じことが行われていたのではないだろうか?

これは長州が今も悪いと言う意味ではなくそういった性質を持っている存在が部落民であると言うこと

つまり聖書などを普通に読めばわかる人間が生まれながらにもつ正しさや正当性が分からないと言うか理屈をこねて欺こうとする幼稚な人々がいる

それをアダルトチルドレンと言うのか何なのか


主という存在がこの事を知れば明らかに日本はまた崩壊の一途をたどる

これは主という存在が手を下そうとしなくても必然的に巡り来る物理現象だ

つまり論理を並べて理屈をこねている存在が認知できないものはまさにこの輪廻と表現できる大きな律によるもの

その痛みを伴うのがなぜ国家という単位なのか

それは一言で表すと見て見ぬふりは同罪だということになる


僕のような存在への冤罪も生むことは承知の上で行っているのだと思うけどやはりどちらかに片寄ったり、地下に潜られるような浅はかな捜査による弾圧や、情報漏洩による捏造などを管理するだけのインテリジェンスを構築してから行うべきだと言わざる終えない


現時点では悪と表現できる人々に対抗するだけの人的資源に恵まれていないと言える

その根幹に作用しているのはやはり右と極右は違うと言ってのけるような自らを鑑みれていない、部落民であるという優越的差別を正確に認識しきれていないゆえに生まれる盲目なのだと感じて止まない

そればかりか明らかに冤罪であろう存在への弾圧の解除や対策への配慮にも欠けている


太宰治が死んで何年経つのか知らないがその頃から、いや、第二次大戦どころかずっと以前からこの国の本質は変わっていないのかもしれない


それは一重に皇室という存在を利用する人々による謀略の数々であり皇室という存在が権力を持たなくなってからずっと行われているものであるのかもしれない

権威と権力を分けることにより生まれた権威を求める権威無き権威への執着心の行く末なのだろう


日本の古書や皇室の神事などにも聖書に綴られているものや西洋の神話と限りなく似通った面があることなどからもやはり主と言われる存在を拝んでいる人々だけがこの世で大きな力を持っているという事実がある


不思議ではあるが事実を受け止めるしかない


すると自然と主という存在は存在するという結論に達する


すると被害妄想気持ち悪いコミュニティはこういい始める

恐怖などを背景として"そう思わなければならない"と思わされているにすぎないと

やはりこの人々には明らかに人間として当たり前に備わっているはずであろう何かが欠けている

僕の経験ではその人々は背が低く色黒でモンゴル系やハワイ系の人々

つまり戦士の血の濃い人々と言える

これは差別ではなく性質の問題だ

性質による適正な差別が行われなければ日本どころか世界は大きな痛みを伴う


さらに特筆すべきはこういった悪に輝きを感じるのは青春時代に悪に憧れながら悪事を働くことのできなかったイモヘタレ処女童貞陰鬱気持ち悪い軍団であるという事実

または性奴隷とされて"差別をしてはならない"と思わなければならないと思わされて心が曲がった理念を生み出して自らを正当化しようと無理矢理な正義を産み出している人々による神経症とも言える凶弾の数々

すべての人々が"差別をしてはならない"という現実と剥離した必要悪を名乗るオウム真理教と同じ共通認識を育むことにより犯罪をこうていかしている


モーセを虐めた主と言われる存在は明らかに愉快犯

主の遺伝子には強烈な戦いを生き残ってきた性質が備わっている

僕らはまさにその子供たち

偏りや偶発性が新しい未来や技術革新に必要不可欠な多様性をもたらすと同時に人類普遍的に悪とされるものを排除するという多様な価値観を認めなければ多様性は貫徹できない


すべてを認めることも多様性であると同時に、認めないとすることを認めることも多様性であるということを理解しなければならない


現在は前者先行で"差別をしてはならない"と百年の時を過ごしてきた


いい加減にしてもらう時期なのではないだろうか

弾圧無き世界には公平も平等も存在し得ない

悪を行う覚悟を受け入れなければ悪に対抗することはできない

悪を受け入れることで冤罪だったすまん!が言える

すべてを完璧に行うことよりも失敗しながらでも前を向くことの方がよっぽど健全で健やかだ

タンパク質の突然変異が未来を構築するように、多くの偶発的な失敗が前へ踏み出すことを可能とする

悪を受け入れることで健全な弾圧を行うことができる

必要悪なんて言い訳は止めるべきだ

僕らはみんなただの猿なんだから


でなければ僕は自らの正当性を保つために必要なことをする

あんたたちと全く同じ論理による正義の名の元に