憲法よりも高い位に存在する部落済州島民コミュニティが僕への仕打ちに実力行使を始めました

憲法よりも高い位に存在する部落済州島民コミュニティが僕への仕打ちに実力行使を始めました


まず地元の若者がネットカフェでやけにぶつかってきたりします

エラの張った青年が通りすがりに独りでにやにやと笑いながら僕のことを見下した目で見ていました、僕より背が低いのに見下そうとしているその首の角度は明らかに不自然です


DOCOMOの支払期限が五日ほど早まりました

これについてはこれまでが優遇されていたとも言えるので文句は言えませんが周辺住民の嫌がらせの再開と時を同じくすると言うことについてとても不快感を覚えます

豚肉をわざと食べたのが災いしたのかもしれませんが母を虐め殺した組織の規模や正体など、何の核心を得られない状態の僕の行動によりご判断いただくのは誠実だとは思えません


みんなその行動自体が言葉で表現しても罪になりようのない嫌がらせで追い込みを懸けているようです

そんな表現に苦労する部落済州島民コミュニティによる嫌がらせの数々ですがわざわざ言葉にしてみようと思います


例えば人生で生きていてわきがの人に出会ったことはありますでしょうか?

僕はわきがですが臭いを発していないか気を使います

しばらく鼻で呼吸をせずにしておいて臭いチェックをしたり

普段にそんなにわきがで臭いが気になるほどの人に、町中で出会い臭いなと感じることはないと思います、なぜなら気を付けるからです

しかしなぜか嫌がらせされているなと感じはじめてから病院の待合室、スーパーの店員、ホームセンター、食事の配膳係など、ありとあらゆるところでわきがの人が待ち受けています

これは偶然なのでしょうか?確率で計算するとこの十年は十倍にはなっています、外出を控えている分は考慮していないのでそれらを考慮すると千倍と言っても良いくらいです

因みに僕は現在ホームレスですので普段より臭いので臭いには鈍くなっていると考えられます


顔は笑ってるし態度も悪くないけど嫌味っぽい受け答えというものはイメージできますでしょうか?

例えば「ありがとうございました」の最初のイントネーションがため息混じりのような感じで最後のイントネーションが吐き捨てるような発音の仕方

顔もわざとらしいくらいの笑顔です

最近は行われていないので録音する事ができませんでしたが普段から電気に困るほど生活に終われているのでそれどころではありません


インターネットカフェでは本を読むところとビリヤードなどするところはエリアが分かれているのは当然なのですが喫煙ルームが本を読むところにありそこで若者が大声で会話をし笑ったりするのでうるさいと言ってみると謝らずにビリヤードの方へ行きさらに大声で叫んでいました


こういったよく分からないアプローチをすることで対象を精神的に追い込みたいのだと思うのですが普通に考えてこういった活動は人間が生まれながらに気持ち悪いと感じるものだと思います


その人々は明らかに大衆と剥離した共通認識を育んでいる存在で少なからずオウム真理教と同じ民族コミュニティを形成していたであろう人々です

その人々が普通に気持ち悪いと感じる行いを足並みを揃えて行うということを洗脳されているのではないかと不安になることは普通のことだと思います

しかも洗脳技術は広がったままであるだけでなくIT技術を取り入れてYouTubeやGoogle検索や広告までも思考を操作し始めています


もちろんその根幹にあるものが全くの悪意のあるものであるとは思っていませんが、特定の民族による嫌がらせや弾圧に使用されているということをしっかりと認識しなければなりません


言い始めればまだまだあるのですが考えると気持ち悪くなるのでもう止めます

それに僕は子供の頃からヒ素などを混入され鬱が慢性化していたことが原因なのか嫌なことを直ぐに忘れるようにできています

なので勉強がはかどりませんし嫌がらせですらどんどん忘れています

もちろん国家権力すべての行いだとは言いませんがこれら全てが巧みに構築されたこの国の暗部であるのだということをご理解ください


そしてもちろん僕の記憶にあるもの全てが部落済州島民コミュニティによる嫌がらせだとは思っていませんし、わきがが悪いと言いたいわけではありません

しかしルールに書かれていないエチケットなどがあるはずですし僕もそういったことを考えずに罪を犯してきたと言えます


しかしその環境を作り出しヒ素を混入したり電磁波攻撃により家庭環境の悪化を促進したりしている組織は全く悪くないのでしょうか?

そうであればお子さんを僕が預かりましょう

このように言われると近親相関の影響があろうと自分達の罪がハッキリと認識できるのではないですか?


その人々は過去に差別されたから不問として、その後に生まれてくる僕のような村八分の子供たちは弾圧されても仕方がないのであれば憎しみが繰り返されるだけなのではないでしょうか?

生まれながらに持つ性質が全てを自己責任なのだからというのであれば国家権力をふるう適性に欠けていますので自己責任なので国家権力に携わるのは許すことはできません

なぜ日本という和により集められた権力を、全ては自己責任だと言って自分達を優越する人々に使用されなければならないのですか?

このように言われると近親相関の影響があろうと自分達の罪がハッキリと認識できるのではないですか?


それでもこれらの行いを止めないのであれば過去に差別された理由が浮き彫りになったということでも表現できます

これは良し悪しではなく現実にその性質が現れているのだということです

人間が生まれながらに気持ち悪いと感じる行いを正しいとして大きな矛盾の中で強権的に人々を貶めてしまう性質が備わっているのだと自らが表しているのです

それはどれだけ正義を語ろうとどれだけ神の名にすがろうと起きている現象がその性質を物語っているということなのです

つまり一定の差別を必要としているということなのです

そしてそれはお互いのためなのです


幸い日本人はとても優しいです

償うところは償い補填するところは補填しませんか?

僕の人生はもう嫌がらせにより終末を迎えるということは理解できました

しかしその道はとてもお勧めできるものではありません

なぜなら大きな矛盾と盲目を抱えており、痛みを先伸ばしにしているに過ぎないからです


悔い改めなされ