狭間でコソコソ悪事を働く部落民と反社会的な部落民はどちらが罪が重いのか

狭間でコソコソ悪事を働く部落民と反社会的な部落民はどちらが罪が重いのか


日本には戦前の華族豪族に類する憲法違反の存在がいます

部落民と言います

司法、立法、行政、裏社会、宗教会と全てに蔓延り民主主義を歪めています

更には復讐の応酬に一般国民を巻き込み命を奪うだけでなく人生をもてあそび嘲笑って満足感を得ています


こんなことを言うと裏社会の話だろうとみなさんお思いでしょうが僕の場合は違います

もちろんヤクザと言われる人たちにも怖い思いをしたことはありますが何よりも問題なのは真面目なフリをしている人々です

さらにそれは準構成員という表現となるのだろうとみなさんお思いでしょうが僕の場合は違います

社会性が高く行政や教育、警察、弁護士会の会長、税理士、政治家のビラ配りをしている人々、その他もろもろの社会的に地位が高いとさえ言える人々も含まれます

つまり反社会的組織ではなく準構成員ですらない人々も含まれる人々により合法違法に関わらず差別や迫害や弾圧を受けてきました


その実体や出来事についてはブログを隅から隅まで見てほしいのですがここではその罪の重さや社会悪となっているのは誰なのか、又は社会が許してはならないのはどこなのかについて考えてみたいと思います

その前に一応断って起きますが反社会的勢力やそれらに準ずる存在を良しとするうまのものではありませんことをご了承ください


まず反社会的勢力ですが僕の知る限り収入は裏金です

当たり前ですがそこには多くの税金が流れています

その実体についてはよく知りませんが確かなことは税金で賄われている組織が存在するということです

もちろん表だって支払うわけではありませんが当たり前のように巡っているということです

そんなことは部落コミュニティでは当たり前に理解されているところですが何故か日本人には隠していることなどからも多くの不審な論理が存在していることがご理解いただけると思います


それらについてはいずれ開示されることでしょうが問題は何故そのようなことが行われるのかということです

例えばアメリカなどではギャングと警察などが癒着しても組織的なものではなくせいぜい町でグルになって覚醒剤をばらまく程度のものです

その警察官が出世をしてどこまで登り詰めるかによって巨悪のサイズも大きくなりますがそのようなことが起きない様々な第三者機関が存在し起きないようにしています


しかし日本では第三者機関やひとつプロセスを上乗せすれば良いのだろうという国民をバカにした論理により構築されていますので全く第三者ではない第三者機関による取り調べや議員へはダメだけど党への献金は良いとするような意味のないごまかしが蔓延しています

何故このようなプロセスが増えるのかというと職務への責任感よりも部落民族としての忠誠心が上回るからです


しかし蓋を開けてみれば忠誠心とは名ばかりの抑圧され恐怖に逆らえない迷える子羊たちの素顔があります

その人々は行政などに勤めようとどれだけ正義のための組織であろうと部落コミュニティが決めた方針には逆らえません

そんな人々が全ての権力構造に張り巡らされ日本は統治されているのです


例えば反社会的な人が一般社会の人々にアクセスをしても誰も取り合わないでしょう

警察を呼んで話が終わります

しかし部落コミュニティの人々には民族の求心力が働いています

行政のほんの小さな出来事にほんの小さな差別心がミックスされ繰り返されていきます

社会性の高いはずの人々が行う悪を僕たち一般人は見極めることが果たしてできるのでしょうか?


この反社会的ではない人々による民族的優越がどれだけの波状効果を持っているか分かりますでしょうか?

それは国家権力を民族の為に使用することを指します

差別するなと暴れまわる人々が差別をするために国家権力を行使し殺人どころか人生をもてあそび嘲笑うようなことが現実に起きているのです


政策決定にとても強い力を持つある元財務官僚はこのように断言しています

「人間が職務への権限よりも自らを優越するのは当たり前だ」

つまり出世し普通の人ではできないことが出来るようになれば法より高い位置から様々なことが行えるが自分のために使用するのは仕方のないものだ、ということです

これはこの発言者の頭がおかしいのではなく真実です

しかしそれが真実だからと言ってそれを許すわけにはいきませんし、多くの人はそれでも悪には染まらないという強い心を持っているはずです


しかし部落コミュニティの人々は違います

なぜなら過去に差別されたのだからという気持ちがあるからです

大衆と剥離した共通認識が人々の心を蝕み社会に還元されます

その歪みによって生まれた負担は部落コミュニティ以外に押し付けられます

なぜなら彼ら戦前の華族豪族たる権力を保持しているからです


しかし良く考えてほしいのは過去に差別された人々が何かしら救いを与えることに対しては全く問題はないと思うのですがまるでそれを全ての国民や国家が永遠にひれ伏さなければならないとすらいうような傲慢に権力を行使していることに耐えがたい怒りを感じてしまいます

国民国家からの救いをまるで当然のごとく奪い取ったものが偉いんだとでも言わんばかりのその精神には想像もつかないほどの卑しさや執着心が付随しています

そう言った感性を日本人古来から忌み嫌ってきました

だからもしかするとハンセン病以外の差別も本当にあったのかもしれません


しかしここで考えてほしいのは明らかに悪だとしている人々の行う詐欺や恐喝と明らかに正義の体を成した人々の行う国家権力を行使しした法を越えた人間が生まれながらに悪と断定する行いのどちらが悪なのでしょうか?


僕へ行われた生まれる前から決まっている差別の実体について言えば反社会的と言われる人々は同情を示してくれたのだと感じることが多々あります

僕自身が反社会的な存在だと思われていたからなのかもしれませんが先日綴った「俺の母親も朝鮮人でキチガイなんだ」と涙を流しそうになりながら告白してきた先輩は真面目とされる人です

実際には彼の母親は日本人で僕の母親が国家権力からの差別迫害弾圧、電磁波攻撃やヒ素の混入により精神が不安定であることを侮辱し僕を嘲笑う為の何とも悲しい出来事です


どちらが社会悪となっているのか分かりますか?

それは悪ではないとされ国家権力近くに存在するいわゆる僕がコミンテルンと表現している人々です

この人々がいなければ国家権力に反社会的な存在が辿り付くことはできません

どこでどのように道を外したのか、何故年を取ってから悪ぶりたいと思うようになったのか、かっこいいと思って行っているのか、理由はわかりませんがいつも同じセリフばかりで申し訳ないのですがつまり気持ち悪いです


その気持ち悪い人々に操られている公安警察を見て僕は悲しくなります

前にも書いたのですがニュース女子に出演していた公安警察に勤めていたしかめっつらの男性を見てこりゃダメだと思いました

なぜなら盲目の中を生きているのが明らかだからです

それは僕が特別な力をもって感じたということではなく一般の日本人が普通に感じることをこの人は感じることができないだろうということが明らかだからです

それほど偏った人々でないと悪を行うかもしれないから公安警察には適していると考えるのも分かりますが反対に適した人だけでは見えてこないものがありその被害が問題となっている時代であり、それは戦後に作られた既得権に属する人々に降り掛かっている盲目であり、日本が経済成長していないのに気付くことや体制を変えることができない理由だと言えます


悔い改めよ

お金ください