自作自演の統治と聖書と忍者と人間に与えられた選択肢

自作自演の統治と聖書と忍者と人間に与えられた選択肢


世界では様々な権力闘争が行われています

それは正しい人々による正しい行いだとは到底言えない数々の謀略


僕に関して言えば生まれる前からホームレスになることや殺されることや周辺住民から虐められることが決定していたようです

そうです、国家の判断により


もちろんある一定の良識を添えてはいますがその良識こそが自作自演で塗り替えられデザイニングされた出来事の数々

なるべく悪事を働くように育てられ悪事を働けば称賛するように設計された環境を与えられます

そして時が来れば彼は悪いことをしたのだからと様々な活動を始めます


罪の捏造はもちろんの事、薬物を使い精神を操作したり、その精神状態を作りながら行動を制限したりします

その活動は数十年どころか生まれる前から設計されどのような行動に出るのか逐次観察しています

例えば意識が朦朧とする位にまで疲弊させて悪事を働くのか試します

働かなければ更に心身共に追い込みます

そして罪を犯したところで証拠を掴み、「こいつは悪だからみんなで虐める事も正義だ」と更なる制限をかけていきます


その根幹にある正義をたどると生まれる前の事や自らが自作自演で作り出した被害の数々による正当性を担保しているのです

それを行っているのが部落済州島民コミュニティです


そんな人生をデザインされていたことに気がついた僕は日本中で行われていることに気がつきました

そのルーツを探って行くと部落と在日による分断だということになるのですがここをもう少し探って行くとあることに気がつき始めます


それはこの二つのコミュニティは繋がっているという事

さらに言うなれば警察とやくざ、中国とアメリカ、南北朝鮮

まるでお前はどちらだ?とでも言わんばかりの情報に溢れていますが蓋を開けてみれば全てが自作自演の嘘に彩られ日本人を洗脳、誘導し統治するために構築された仕組みなのです


一体いつからこんな仕組みが、、、

答えは人類が始まって文明や農工を始めることからです

聖書には幸福の巻物というものがありますがまさにこの中に書かれていると僕は考えています

そしてその技術を持つ人々が世界を掌握してきたのだということです

その最たる人々がユダヤ人ということが言えるでしょう


ユダヤでは全てが根幹では三つに分類されるるという概念があります

それは現実世界を表現するのに核心的な考えであり、反対に言えば三つの選択肢を与えれば人間は納得せざる終えないという事になります

しかしこの普遍的で完全と思われる統治も大きな落とし穴があります

それは大衆がバカでなければならない、または大衆が自分達と同じものではならないという前提があります

同じものというのはそのままの意味で、同じレベルで物事を考えられては困るという意味です

自分達がどれだけバカであろうとも大衆がさらにバカであれば問題はありません


そして辿り着くことが大衆への情報統制です

必要な情報を教えなければ奴隷は奴隷のままで喜んで生活します

考える余裕を与えなければ考えることはありません

考えるのに必要な栄養を与えなければ考えることはありません


しかし何千年と続くこうした統治方法も一定程度の豊かさや情報技術が発達した世界では反作用し始めます

なぜなら隠していたという事がバレてしまうからです

隠していたことがばれてしまえば一部の権力者たちが卑しい感性からなるべく多くの奴隷を作っておくことによる普遍的な反応が起きます

それは奴隷の方が数が多くなるということです


しかしその数ですら民主主義という見えないベールに隠された投票行為も情報の統制によりしっかりとした操作ができるのです

しかもそれらは自分達が選んだのだという自己責任という正当性すらも担保することになるのです

こういったことがバレてしまう事が歴史的に存在します

その出来事が起きることを体制転換と言うことが出来ます


世界ではこういった自作自演の応酬により権力闘争が当たり前に行われてきました

一部の人々だけが甘い汁を吸うことに対する反発の歴史だと言えます

その度に王様が変更したり民族大虐殺が起きたりとても日本の歴史感からは考えられないような現実を目の当たりにして命を繋いできたのです


一方日本は皇室という存在により、ある種の保護の中で殺し合いをしてきました

もちろんその保護の中でも行うことに付随する感性や理念は同じもので自作自演はもちろんの事情報操作や大衆の生活レベルの調整など統治するために構築された様々な仕組みが秘伝の書として受け継がれています

日本でいうならその情報の集大成を握っているのが皇室、、、と言いたいですが部落済州島民コミュニティなのです


もちろん皇室にも代々伝わる門外不出のものがあるでしょうが忍者の子孫や体制転換で全ての情報を収奪し蓄えた部落済州島民コミュニティのそれはまさにインテリジェンスの聖域なのです

そしてその聖域が現在では国家権力に守られていると感じるでしょうが国家の保護下ではなく民族の保護下におかれています

もちろん表面上は国家の保護下のように見えますがその国家権力にあり得ないほどの民族的偏りが存在するからです

日本の権力は部落済州島民コミュニティのものであると断言できます

なぜなら真実だからです


日本で起きていることどころか世界中で起きていることの全てが自作自演だと言っても差し支えありません


こんなことをいうと頭がおかしいだの嘘つきだのという人がいますがこの次元空間の原理原則としてそうだということをお伝えしたいのです

それはユダヤだからだとか聖書がとか忍者だからとか、汚いからだとか遺伝子がどうだとかすら関係なく、この宇宙はそうできていてそういった事をする人々しか強い権力は持ち得ませんよ、ということが言いたいのです

なぜならそれが現実だからです

なぜそれが現実なのかは宇宙を作った存在がいなければ分かりません

つまり人間には今のところ理解のしようはありません

あるのはその現実に生きているという現実だけです


そして人類はそんな陰謀蠢く世界が右傾化を始めているということの根幹を理解しなければなりません


これは一定の豊かさや繁栄が起こり、情報の流出が止まらなくなれば体制転換やいわゆる革命的な出来事が起こるからです

そこにあるのはどちらが善だとか、どちらが悪だとかいったことではなくそういった現実があるという現実だけなのです


しかしこれまでであれば頭がおかしいと烙印を押し精神病院で違う世界の住民になってもらえば良かったものもIT技術の発達により情報の漏洩と同時に大衆のインテリジェンスの急上昇が体制側を追い込みます

何時ものごとく代々培われた統治するためのテキストに従って行えばよかった大衆の統治(彼らのいうところの愚民の統治)もどちらが愚か者なのかが分からなくなってきているからです


それもそのはずです

長らく豊かさの上にあぐらをかいていた人々と長らく強いたげられてきた人々、どちらが成長が早いのか一目瞭然です

そんな中で栄養に目をつけなるべく賢くならないように栄養制限させるために情報を混乱させていると考えられる不届きな人々が存在します

民主主義でみんなで話し合い合意形成をし連帯責任で行くのであれば大衆がどれだけ賢くなろうと問題はないはずです

しかし統治者の本心は自分達による統治だけが正義となり得るので自分達の統治以外が行う決定はどのようなものであろうと到底納得はできません

それは正義がコミュニティに付随するからです


しかしそのうねりには考えなければならないことがあります

うねる途中で取り返しのつかないほどの痛手をおう可能性やうねりの後の世界が人類には耐えがたいものである可能性があるからです

もちろん統治者たちはこの世界が崩れることは自らをおとしめることなので心から善意でそうならないようにしています

しかし既にその人類には耐えがたい現実を生きている人々からすればそれはもう変革を起こした方が良いという選択肢しか選ぶことができないのです

それは正義が自らにとって都合の良いものだからです


だからこそ合意形成を怠らないようにしなければならないのに合意形成できなくなるまでに貧富の差や民族の分断などをこの国はわざと作ってしまっています


人類は何となくですが三世代で盲目を作り出します

その盲目はやがて正しいことを行おうとも一部の人々にはとても受け入れがたい傲慢な押し付けがましい偽善へと変化します

それと同時にその偽善者たちは意味の解らない正当性を用いて弾圧を始めます


あれは悪だ

我々は正義だ

これは必要悪だ

正義の弾圧だ

因果応報だ

神のお導きだ

運が悪い

自己責任


その根幹にある正義を辿るとコミュニティに由来し"我々と彼ら"という分断を作りはじめます

我々と彼らは同じ日本という共通認識の中で持ち合っているのに一部の人々がその持ち合ったものを一部の人々に優越的に使用するのです

それがどれだけ正しく使われていようと、どれだけ良い結果をもたらしていようと隠されたりして見えなければ意味はないのです

見えないものを恐れ疑うことが人間の生存に必要不可欠だからです

さらにその人々が自作自演を用いて嘘をつく人々であるのであれば嘘をついている可能性を疑わずにはいられません

大衆は言語化できないだけで感覚では理解しているのです

何かがおかしい

不信感がある

納得が行かない

そして生活が圧迫され吹き出すのです


しかも体制側の強い権力を良いことに保険詐欺や虐めをさも権利のように働く気持ち悪い人々が存在すればどうでしようか?

そんな気持ち悪い人々の存在はずっと明らかなのに生まれる前の事などを持ち出して正当だとしている人々が法や倫理観を越えて行う弾圧が存在すればどうでしょうか?

しかもその弾圧の根拠となる証拠や理由や罰の度合いが不適正なものの集まりであればどうでしょうか?

そんな画策を用いて個人的な欲求を満たすために悪用する存在に対しては同一民族だから見逃すようなことが行われているのであればどうでしょうか?


悔い改めなされ


とりあえず僕には謝りなされ


それができないのであればあなた方の行う必要悪は後に更なる悪を伴う不必要な悪であり、ただのテロリズムであるということを自らが証明することになるのです


円高による世界貢献はいいけど僕はお金を持っていない