部落民の性奴隷制度が社会悪にならない方法を見つけた

部落民の性奴隷制度が社会悪にならない方法を見つけた


性奴隷という表現が少し酷いと感じるのは仕方がない、わりかし事実なのだから

しかしこの表現を行う根幹にあるのは部落コミュニティが頭を悩ませている問題が実は隠さなければ自分達の心を苦しめることもなく社会悪とならないのではないかと思っているからだ

それは同時に部落という存在そのものに対しても同じように考えているが秘密の共有や閉鎖性による求心力の強さが民主主義を優位に進める奥義となっているようなので中々開示しない

それどころか味方をしてくれていると感じている社会性が高いというのはお飾りでない人々の集まる虎ノ門ニュースで完全に否定された

情報の開示はしないと


そんな中でも開示しなくても問題を解消できると辿り着いたのが性奴隷制度

簡単に説明すると部落コミュニティの風習として行われている見た目で差別してはならないコミュニティが辿り着くお見合い制度

しかしこの一見とても優しい風習の影で多くの残虐な事件が生まれている

断っておくけどこの制度の全てを否定しているわけでもみんなが不幸だというつもりもない

しかしどう考えても僕はこの制度により暴行を受けたりしたし現在に至っては国体すらも破壊しかねないほどの社会悪になっている、というよりも既に国体を奪われていたと言える


そのアルゴリズムはこうだ

差別してはならないというコミュニティが上記のように婚姻に制約をかける

このコミュニティは世界を股にかけ活動する一代コミュニティ

中には逆らう事ができなくて泣く泣く結婚をし、生まれた子供を手に掛けてしまう親が存在するほど

単純な話ではないだろうし様々な周囲の努力も勿論あるだろう

しかし反対に考えられないくらいもっと悲惨な出来事も起きているという現実にも目を向けなければならない

それらについてはテレビニュースを見ていれば分かる

同時にこの国で起きている殺し合いも異に返さない対立を目の当たりにすることになる


その差別してはならないと思わなければならないと結婚した人々は事件を起こさなくても様々な社会悪となる

普通の恋愛結婚をしている人を妬むようになる

自分が何か被害に合っているような気持ちになる

その人々の声がどんどん大きくなる

そのエネルギーはとてつもない

差別してはならない、差別してはならない


差別してはならないという理由で差別を繰り返す

正義の名の元に


この人たちの鬱憤を晴らすための活動の副作用は日本中にフリかかる

この人たちが被害者であったのに更なる被害者を作り出す

そして被害妄想コミュニティはドンドンでかくなる

しまいには神経症かと思うような訳のわからないルールを作り出す

動物愛護、環境保護、世界平和

もっと先にやるべき事があるはずなのに遠くのものばかりを見て現実逃避を繰り返す

自らの現実から逃げるように


これは元々は良いとされる思いで行われた決断の副作用

しかしその動機は差別してはならないと思わなければならない、という呪いでもある

この動機の根底にあるのは恐怖や体裁や同調圧力

その自らに課した呪いは時を越え社会に還元される

つまり一見とても健やかに見える差別してはならないという理念による決断の裏で不誠実な動機が存在する

差別してはならないと思わなければならないと、、、


そして勿論、現世では美しくないとされた人々にも辛い時間を与えることになる

なぜか愛されていないというコンプレックスを前提で時を過ごすことになる

ほんとであれば気にする必要のないほどまでに執着してしまう

恋愛結婚をしたとしても陥るであろう嫉妬や執着心が最大まで加速する

電話、身振り、視線、対人

言い始めれば霧のない思春期に陥るであろう数々の苦悩

その苦悩を大人になっても引きずることになる


僕の経験では現世では美しいとされている人々へ強烈な憎しみを抱いている

話したこともない女性との浮気を疑われて鼻を折られたこともある

しかもなぜかそういった人々は覚醒剤を使用している頻度が高い

なので元々のコンプレックスに

コミュニティで培われたコンプレックスに

覚醒剤での被害妄想がミックスされてどうにも止まらない

地獄を経験したいのだろう


なので僕は解決策を考えた

これらについては以前にも提示してあるけど更に良い方法を思い付いた

この問題は現世では美しくないとされた人々の権利についてだ

生まれながらの性質により差が生まれてしまうのは良くないということなのだろう

この問題を解消するべく婚姻に制約をかける訳だけど見た目が美しいとされている人への弾圧であるということにも目を向けなければならない

なので以前も提示したセックス権を少し進めて子供を生んで貰う権ということを考えてみてもらいたい

なんだか様々な問題がありそうだけど比較的資本主義社会で裕福な部落コミュニティは片親でも子供を育てることができるし美しいとされている人が子供だけ生んで他の人のところに行ったとしても子供がいればいずれ戻って来るかもしれない

しかも戻ってきた時は嫌々なんかではなく自らが求めてくるのだ

これで社会悪は無くなるという安易な考えだが実際には行ってみなければ分からない


僕個人の思いで言うと資本主義社会においてお金持ちが多い部落コミュニティこそが優越的な立場にあると思っているのだが都合の悪いことを言うと権力により弾圧されるのでみんなは言わない方が言い

例えば本当に愛しているとすれば相手のことを思うことが定義上愛だということになる

自らが悪いものであると思うのであれば行動も制限されるはずだ

しかし実際には分かっている

異性に対して現世では劣等的性質を持っていようともそれが生きることにおいて悪と言えるものではないことを


年を取れば皆がしわくちゃになる

良いとされるものも悪いとされるものも無常である

僕は3回鼻が折れているがすべて被害妄想が発端だと感じている

僕に起きていることや母が殺されたことや現在の日本が経済的に行き詰まっていることすべてが拡大解釈ではなく部落コミュニティが引き起こした被害妄想洗脳教育により起きているということなのである

もう既に誰が被害者なのかすら分からないまでに時が経っている


世界は心で出来ている

世界が危険に晒されている

心を大切に


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