Yuval Noah Harari のテッド Why humans runthe world を見て思ったこと

Yuval Noah Harari のテッド Why humans runthe world を見て思ったこと


ユバルは人間はチンパンジーではないと思いたがるがチンパンジーだという

しかしチンパンジーだけどチンパンジーとは違い共通の想像の中を生きていると


僕の人生においてその共通認識は部落コミュニティの憎しみだった

そして僕だけがその共通認識の存在を知らなかった


チンパンジーは十万人集まれないという

ドームにチンパンジー十万人なんて確かに恐ろしくて目も当てられない

飛び交う糞尿、縄張り争い、乱交、共食い


しかし僕からすれば人間とチンパンジーは何も変わらない

少し賢いだけ

自分が痛い目に遭いたくないから同調圧力に逆らわず目を付けられた人を虐める

自分が良い生活をしたいから他人を貶めてでも這い上がる

ある程度這い上がれば貶めたり信用を無くすことが損になるから良い人になる


何て賢いチンパンジーなんだ


日本でトップクラスの誰もが先生と頭を下げる元財務官僚の賢いチンパンジーは言う

「例え官僚であっても人間が職務への責任感よりも自らを優越するのは自然なことだ」

身も蓋もないけど真実だ


そして僕たちは自らに制約を欠けた

法や倫理、規範や美学に至るまで

それはユバルのいうところのフィクションの中を生きているということなのかもしれない

そしてこのフィクションは皆が同じ共通認識を持つものではなく、与える側と与えられる側に分かれている


そしてこのフィクションなるものはまったくの幻想で想像の夢の中の現実ではないものなのだろうか?

チンパンジーがバナナの皮を向いて食べることと何が違うのだろうか?

チンパンジーにお金とバナナを交換してほしいとお願いすれば何でそんなものと交換しなければならないのかとなるとユバルはいう

それこそが人間との違いだと

しかしそれと同じことが人間にも言えるし、チンパンジーにバナナの皮を渡しても喜ばないのはユバルの言うそれとは反対に同じことだ


つまりバナナの皮を食べ物ではないと認識している

そのバナナの皮やお金という紙切れがバナナ100本と交換できると認識できればチンパンジーはお金を欲しがるだろう

そして経済なるものが生まれる


みんなお金の幻想を見ているんだというのは本当に素敵なお話だ

しかし物々交換が効率的でないこの次元空間において必然的に現実にお金という道具を僕たちは利用する

つまりバナナの身を守るために皮を必要とする

その皮はやがて中身とは決別し独りでに歩き出し、運ぶ事ができたり交換ができたり身を守ったり求愛出来たり奴隷を囲う事ができたり称賛されたりするために機能をし始める


お金が本当に幻想なだけであるのであればこの世の全てに価値はない

何故なら僕たちは物質の価値を測る数値としてお金を利用しているからだ

お金は全くの無価値なものであるとすれば物質に対する価値判断をすることはないという事になる

物質に価値はないと言ったところで生きていたいと思うのであれば食べて飲んでセックスして守って攻めて、、、


部落済州島民コミュニティによる弾圧にあった僕からすればそれらやこの事は水に流そうと言うことについては同感だけど僕の脳裏にある矛盾や不満を解消しなければ同じことが起こる

なぜなら水に流してもらいたいからだ

僕が水に流すんだからお互いに水に流そう

戦前のことを理由にしていたのなら僕は元寇を持ち出そう

朝鮮出兵を持ち出そう

現世での痛みを持ち出そう


だけどお互いそんなことは求めていない

だからお金なんかで済ませることができる

全てを忘れて傷心を癒すための時間を作れる

お金なんかじゃない掛替えのないものを弄ばれ憎悪を生み出すものを癒す為、せめてもの慰めを得ることが出来る


人間はフィクションの中を生きている

僕に与えられたフィクションはガキ畜生地獄で嘲笑いながら母を何十年にも渡り虐め殺した人々が作り上げた世界

その人々がお金というフィクションで豊かに笑顔で暮らしてる

僕はその姿を弾圧されながら指を加えて見つめ続けて35歳になった

そして未だにホームレスをしている


何で平気なのかって?

家に帰れないことと、ヒ素を盛られていないことと、周りに嫌がらせをしてくる人がいないだけで、生活レベルは対して変わらないからさ

不誠実な反吐が出るような出来事も起きない

鬱じゃないだけでとても楽だ


部落済州島民コミュニティによる弾圧の記憶さえ無ければ


そこでお聞きしてみたい


なぜこの国ではテロが無くならないんだ?

僕は答えを知っている


国家権力にテロリストが紛れているからだ


ユバルのいう人間とはなんだろうか?

それは高い知能を持ち共通認識を育むことができる存在だ

しかしそうでない人々は薬でもして死ぬまで気持ちよくなってもらうしかないそうだ

僕が考えていたのは完全な文明に影響されない生身の下克上だからユバルのいう世界は比較的優しい

反乱が起きないように餌を巻いておこうという事なのだろう


どちらにしろやがてその共通認識は世代を重ねるごとに変化し始める

その子供たちは救われる対象とはならなくなるからだ

"我々と彼ら"という枠組みがどんどん深くなり人間とチンパンジーのように完全な違いが生まれ始める

落ちこぼれた人は徒党を組むかもしれないが強大な文明の前にひれ伏す事になる

そしていつしか人間に首輪を付けても何の不思議もない世界が訪れ、そして始まる独裁の世界

全てがあらかじめ決められ変化を許さない世界


その後に一定数生まれてしまうルールを冒す子供が現れる

見てはならない、言ってはならない事に疑問を感じ真実を巡る思考の旅へと向かう

そして野良人間にも知能があることに痛みを感じ、飽きっぽい人間は"我々と彼ら"という枠組みに疑問を抱き、甘さや優しさが生まれ始める

そのなんでもない綻びは少しずつ内部に巣食う癌となる、そのガンや救いと表現できる人間が生まれながらに持つ何かは世論を巻き込み力を持ち始める


そんな不安定さを人類は許すわけにはいかないとあの手この手で試行錯誤する

そしてまた大きな争いが起こり文明は崩壊する


しかし仏教やキリストの愛を学んだ人々は文明を崩壊させることなく、その先に辿り着くことができる

それは調和であり能動的に流動性を保つことのできる世界

だけど僕が生きているフィクションの世界では今のところそれは無理なようだ

比較的高いとされるであろう知能を有する仏教的な論理による解や、キリストが与えてくださった愛や許しが僕には届いていない


例えば聖書に出てくる主のように星の寿命を意識するほどの長い時間が経過したならば、それは恐らく完全な時代といわれる重力を操る核融合などエネルギーに困らない世界が訪れ、誰かを犠牲にする必要なくユバルのいう優しい差別のある世界を維持することができる


しかしそこまでに至っていない環境やそこまでに至っていない人々が織り成す「人間が職務への責任感よりも自らを優越することは自然なことだ」という人々が席巻する世界では、優しい差別世界は崩壊を待つだけのまさに理想という現実と剥離したフィクションを凍らせた薄い氷の張る氷点下の湖

バランスが崩れるのを今か今かと怯えながら暮らさなければならないそれはまさに現代の世界情勢のようだ


こんなこというと身も蓋もないけど、もしもトランプ大統領やイギリスのEU離脱が何の思考も持たない沸き上がるお湯の泡のようだとしたら、、、


僕たちは覚悟をしなければならない


ボリスジョンソンは一見なにか飛んだ感じにも見えるけど僕の感覚では優しい家庭で育てられた少年のような心の持ち主

そこに悪意は無いように見えるし間違いが起きそうであれば周辺の人々がなだめるという機能が果たされるように見える


僕からすれば反日教育を受けた中国人が日本に来て悪さをするのが恐ろしいけど日本も反韓ムードを強めてる

もちろん国家の方向としては必要なのだと思うけど世論が加速するのには強い不安を感じる

それは戦争にならなくても少なからず国民に憎しみを植え付けるものだからだ


とはいえそうでもして手綱を持っていないとならないまでに日本が不安定であるということなのか


なんだか綴っているとどんどん話が拡大していき頭が痛くなってきた

捏造しようがなんだろうが敵をつくらなけりゃいいだけなんだけど

この国には本当に不審な存在がいる


どうすることができるのか、僕たちに残された選択肢は何なのか