言ってはならないが世界を滅ぼす

2680/05/15/11:10 言ってはならないというプロパガンダの効力が発揮されるのはこれから


朝鮮工作員に洗脳され続けている日本兵のみなさんが言ってはならないとして様々なことから目を背けてきた事があります

それは差別してはならないといった呪文や、その存在の事すら語ることは許されないといったような罪悪感にも似たなにかです

もちろん部落や在日という民族差別的な背景から生まれる言ってはならないといったような感覚も含む、身体障害者の性事情や様々なことです


これらの議論においても辿り着くのが善と悪のパラドックスです


例えば生まれながらに優越的な人が存在する事で劣等とされた人は苦しむ事になります

とあれば優越的な人をおとしめる事は正当なことなのではないか?といったような狭義に辿り着きます

結論から言うと能動的に人を貶めることは間違いであり、自らを悪だと主張する多くの人々が、自分の事を愛していながらこの世に愛なんてないと主張している嘘つきであるということが言えます

とはいえ事実として現代社会において有利か不利かといったような差が生まれますので社会が上手く救う循環を維持しなければなりません


そしてそれらの仕方のない差を人々は争い始めます


生まれながらに自らを悪いものだとしている人々は他を貶めることは必要悪の社会善だと主張するようになります

戦争や戦いはどうなのか、驚異を事前に払うことはどうなのか、キリのない答えに辿り着く中で行われるのは情報戦争です


これは教育ということもできますし洗脳という事もできます

答えが極めて見にくいこのような問いかけも、点ではなく面で捉えれば答えらしきものが見えてきます

これについては前述の通り能動的に人を貶めるのは間違いであるということに辿り着きます

端的に言えば善も悪もないと言う人が他を貶めることが必要だと主張した場合は同じ様に貶められても仕方が無いという定義になるからです

つまり滅します

生まれながらに本当にその存在がマイナスの存在であるのであればこの世に存在はしていないのです

どんな境遇であれ何かしらの個性性が存在しその個性性を持って人類は希望を持ち生きていくしか選択肢は無いのです

その生に善悪を付けてもなんの意味もありません

意味を見出すのはその人自身だからです

それを悪だと主張するのならば滅っされることは他の人間が能動的に求めたものではなく、自らが能動的に求めた自然の摂理ですので自らが求めた結果だということになります


これらの論争自体を言ってはならないとしている背景には既得権の維持の為の気持ち悪い教育戦略があります

最終的に辿り着くのは悪とされる存在の言ってはならないとする秘密の閉鎖性による必要悪の主張との戦いです

秘密の閉鎖性により作られる力を強いものだとして利用すれば、キリのない謀略にハマり粛清なくしては維持できなくなります

だから内部では絶対に疑わない事がルールとなり、そのラインを破壊する事は集合体の疑心暗鬼へと繋がります


しかしそもそも日本の権力自体が善なるものを良しとした集合体である限り、その閉鎖性や影響力は最低限に抑える必要があります

哲学的に悪とされる性質が政策判断に必要である事と、悪とされる性質を持つ組織を維持する事は同じように考えて良いものではありません

もしもそれでも悪とされる組織を残すべきだと主張するのであれば、それらは海外に派遣し外部との摩擦への有効作だとする以外に存在意義はありません


なぜなら日本国内に敵は存在しないはずだからです


元々敵が存在しない前提で考える必要のある集合体であるのにも関わらず、敵を作り出し"我々と彼ら"という分断の元で統治すること自体が不必要なことであり、もしそれらが本当に必要悪として機能し、つまり善なる存在だと主張するのであれば、お金の流れや組織の形態など全てを公に明るい形で表す必要があります

国内の活動でそれをできないのであればそれは不必要な悪であると言わざる終えません


なぜなら存在するはずが無いからです


例えば禁止されているから価値があるのだという主張には大きな矛盾があります

それは日本社会が善なるものを基本理念として掲げているのにも関わらずわざわざ悪なるものの必要性を保持する事になるからです

つまり本当に必要悪だと主張するのであれば、仕方なく存在するものこそが悪であり、わざわざ配慮した時点でそれは善なるものなのです

つまり全て詳らかにしても維持する事が可能であると定義できる存在である筈なのです

それらを明らかにしない以上は必要悪という言い訳の元で汚職や犯罪の温床となっている国民を騙している許されざる行いであり、到底容認する事はできないということになります

つまり必要悪というもの自体が、善とされる存在がわざわざ行うべきものではなく、わざわざ配慮するようなものではなく、偶発的に必然的に生まれてしまうものであり、その事故の様な出来事に対して配慮する事こそが必要な善なる必要悪であると言うことができます

簡単な例で言えば、法で罰せられなかったが社会的に明らかに悪とされ社会の同意を得て行われた敵討ちなどを行った存在への減刑などです

しかしその行い自体は悪であるという事を忘れてはなりません

他人の話に首を突っ込んで嫌がらせをする事は人間として恥ずべき行為であり気持ち悪いことです

つまり処罰の対象となって然るべきなのです


これと同じように言ってはならないとした善なる必要悪が、そもそもが言ってはならないものではない場合には社会悪へと変容を遂げます

言ってはならないとした善なる必要悪は言わなければ良いですが、言わなければならないものを言わない事になるからです

言わなければならないものも言ってはならない必要悪だとして保護した場合に、それは悪なる必要悪だとなるからです

つまり善と悪のボーダーラインを超える事になります

そのボーダーラインを超えたほんとは悪なのに善の正当性をもたらされた悪は前述の行い自体が悪であるのに善であると勘違いを始めてしまいます

この勘違いが生まれる事により行われる活動や組織そのものが悪であるのだから必然的に活動そのものが社会悪とならざる負えないということになります

なのでわざわざ配慮するのではなく致し方なく必然的に生まれてくる悪以外は普通に取り締まれば良いだけです

簡単に説明すれば、生まれながらに悪だとする存在を悪だと取り締まるのはしてはならない事ですが、生まれながらに悪だとする存在が行った悪に対して保護する必要はなく、その悪による被害への補填の為の社会悪を認めるべきだということです

なぜなら他に方法が無いからです


しかし自作自演の可能性が少なからずあるのであれば当然の如く一定の制約を前提とした処置を取ることが前提となる事も必要な悪だということになります

その一定の制約をかけることの必要悪を悪だとするのであればその前提の処置そのものをやめれば良いからです

その処置を止めることを悪だとするのであれば制約を掛けることを止めることも悪だとなります


例えば北朝鮮のような閉鎖性を、民主主義社会で共存させると生まれる分断についての必要悪は社会にとって善なるものとなりえるのでしょうか?

これは明らかに国民への裏切りであり良い社会を作ろうとする前提を覆した許されざる行為です

その不信感は国民に強い正当性をもたらし、国家権力が正当性を主張する事は極めて困難なものです

国家権力が善と悪のボーダーラインが破壊されどうしても必要な粛清があるのだとした時に行うべきは内部統制であり、それは自らにより近い所で行うことこそが最も効率的に作用するものであり、そうでなければ国民の支持は得られないだけでなく哲学的正当性も統治者としての正当性ももたらさないと定義できます


こうした普通に考えれば分かることがわからない人々はなぜ分からないのか

その点こそを言ってはならないとしていることがそもそもの問題であり、これからも日本を分断させ疲弊させ極めて社会悪として作用するものであるということが言えます

必要悪というものは善なるものであるという前提が存在するのにも関わらず、その被害しか見当たらない現在の必要悪は明らかにただの悪であり、社会が認めるべきものではないということが言えます

付け加えるとするならば、善と悪のパラドックスについて解決することはあるはずが無いのに、日本の必要悪問題については論理的に存在意義を喪失していることなどから、全く存在意義をもたらさない不必要な悪、悪なる必要悪である事が明らかで、それでもこれは伝統文化だと主張するのであれば、全ての情報を明らかにする必要があるということが言え、情報の開示は義務であるということです

武士は忍ではなく、忍は見えないものなのだから


武士や忍びは軍事力であり、一般社会の生活において全くの不必要です

唯一利用価値があるとすれば外敵に対してですが、その外敵自体が既得権となり外敵を呼び込んでいる昨今の国防意識の低さは明らかに外敵による工作であり戦争行為だと定義する事ができます

必要悪だとする存在が外敵と手を組みボーダーラインが薄まるくらいなら初めからボーダーラインを引き下げて外敵に対峙したほうが遥かに安全で効果的です


しかし既にボーダーラインどころか国家権力内部にまで浸透している日本の現状はそんな悠長なことを言っていられるような状態ですらなく、何よりもこれらの問題に対して完全に明らかにし国民に開示し感じ考え選択する為の認識を育む事でしかはじめの一歩すらも踏み出す事ができないという極めて危険な時代です

つまり言ってはならない自体がプロパガンダとして強烈に効果を発揮しており、言ってはならないなんて言っていては起きてはならないことが起こる時代だということが明らかです

それでも手を打たない国家権力はグルであり、テロ組織であると定義する事ができます

粛清ほど明らかな必要悪も無いのだから必要悪だと主張するのであれば先ずは粛清からするべきでしょう


しかし僕のようにいつか来る時代の生贄のために生かされてきた存在がいる事も理解して欲しいと願うばかりです

個人的な感想ですがニッカのアルコール度数45%のウィスキーはとても体に悪そうで、僕の心臓が止まりそうなほどヒ素を混入してきたモンゴル帝国の先輩はニッカウィスキーを二日に一本は開けると言っていましたが多分嘘でしょう

アルコール度数43%のサントリーのだるまが安くて美味しいのですが、それが美味しいといったような感じのことを苫米地博士が言っていてウィスキーの事を調べると度数の高いほうが質が高い的な事が言われていて一般的には40%ほどでお金に余裕ができたのでダルマを手にしたら、その一段上の目に付くところに45%のニッカウイスキーがあってしかも安かったので買ってしまいましたが罠だと思い始めています

また騙されたと言うことなのでしょう


これらは組織犯罪であり、暗殺行為であり、死刑が相当なのではないか?と個人的には思っていますが、ここまで必死になるのだから相当なにか隠し事があるのだなと考えるとやはりオウム真理教に辿り着き、日本は本当にテロ大国であると感じるのと同時に、なぜ僕なんかをここまでかまうのかと考えると明らかに不審で堪りません

そして安全かと思われたニュース女子も杉原杏璃広島県出身者の存在により全く安全でないことを理解し始め、僕はどこにも居場所が無いのだと分かり始めた昨今はやはり復讐しか道が残されていないのではないかと感じ始めとても不安です


これらの行い自体がテロリストを生み出す為のマインドコントロールである可能性は大いにありますが、こんな事に税金を垂れ流してる統治権力は頭がおかしいとしか言えないということがどうやら大方確からしいということになりました

騙されたのが悪い、自分一人でなんとかしろというのであれば学校教育は意味がないという事や、皆さんのお子さんを僕が育てる事を前提とするべきでしょう

それでも構わないというのであれば、どちらにせよ頭がおかしいという事になります

もしも本当に鍛える為に行っているのであれば普通に働けば手に出来る程度の資金を渡すことの方が遥かに効率がよく、わざわざホームレスからスタートさせるのはただのサディスティックなオナニーの為に人権を侵害しているレイプ犯の仲間であることが明らかであり、手を差し伸べたフリをしては突き放すというとても性格の悪い行いも被害感情を刷り込まれたコンプレックス集団が冷や汗を垂らしながら歯を食いしばりながら瞳孔が開いたような目が点になりながらねずみ小僧だと主張することと同じ事なのだから、やはり全ては自作自演の見せしめの生贄でありコンプレックスを晴らす為に公的な資金を使うという国民を侮辱した違憲違法プレイで国内を分断させようとする移民の活動であるということなのでしょう


やはり気持ち悪いです

やる気がどんどん無くなります

それが狙いなのでしょう

この無駄に長い文も、いつもに増して気持ち悪いです

あの人たちほどではないけれど

気持ち悪さは移るようだ

やはり社会悪だ


"言ってはらない"と真実を隠していれば、解決できる問題の問題そのものにすら気が付くことができず、言わないことで不信感や勘違いは生まれ、集合体は崩壊する

部落なのか済州島民なのかすら関係ない

世界が崩壊する


この時空の原理がそうだから