多様性の否定と右傾化について

※すべての人ではありません

※差別的表現を含みますのでご理解のうえお読みください

2018

不思議な事を耳にしました

試されているのかもしれない、、、クリエイティブアボイダンスを巧く利用しているのかもしれない

いえ、そうであってほしいのです


多様性を持たすべきではないとおっしゃっていました

これまで世界を牛耳ってきたユダヤロビー支配の世界の終わりと共に価値観も変らなければならないという発想だと認識しました

グローバリゼーションの終焉と共に多様性の促進を止めようということのようです

グローバリゼーションはいわば人種差別撤廃の石杖となるもので多様な人種を認め合い共に生きていくことで世界平和を実現しようというものです。(これについてそれは建前だとか言った陰謀説について語る気はありません)

これは経済的自由、つまり自由競争を採用することにより多様な価値観を持った人々が自由に経済活動をし高めあい様々なコラボレーションなどがゆくゆくは大きな利益となるという考えが根底にあると考えています。そしてこれはアメリカにより大成功を収めたといえます。

内政時に愛を育み豊かな環境で育った子供たちは自由な発想で得意なことを学び目覚しい経済発展を可能としました。

その反面、多くの失敗者を生みますが諦めていなければ今も絶えず何かを生み出していると考えられます。

しかし一握りの成功の恩恵、つまりトリクルダウンが起きることにより世界はみんなが豊かになると思われましたが格差の開きを問題視する声が大きくなりこの政策に疑問が投げかけられました。

分配されていない、恩恵に授かれていない、我々はかわいそうだ。

こういった格差を憎む大衆を手厚い福祉で補填する必要があり、補填し安心感がなければ多様性も促進されず経済が回らず、つまりお金が循環しなくなり経済が悪化します。

なので方向転換しグローバリゼーションを止めたのだろうと思います。

しかしここに二つの疑問を呈したいのです。

まず第一にパソコンや携帯電話や様々な近代の発明を利用しているということはトリクルダウンの恩恵を受けているということにならないのでしょうか?こういった発明やアイデアを可能にしたのは多様性をもっとも大切にして来たアメリカです。細かい説明ははぶきますが多様性が大きな富を生み出すことは理解してもらえると思います。。人間は飽きっぽいのだとだけ付け加えておきます。

二つ目

分配されていないといっている人たちが不安や被害感情を持ってしまいポピュリズムに流されるのは格差の現状ではなく貧しすぎる生活と薄すぎる社会保障が原因です。これについても説明ははぶかせて戴きます。


つまり何が伝えたいのかというと自由市場で格差が生まれるのは資本主義の性質上仕方のないことです。ただしその多様性を持ったまま差別のない社会を競争原理の中で実現する方法が一つだけあります。そしてこの方法はポピュリズムにも対処でき世界平和も実現できるというものです。

それは通貨発行権をもっている存在が資本家と対立することで、つまりお金持ちがお金をためすぎたら通貨を発行してバランスを取るということに尽きます。

簡単なことですが様々なしがらみのある権力社会構造により困難となっております。


なによりも多様性を止めようとしている背景にあるのは自由競争とブローバリゼーションの終焉を一緒に考えているからなのでしょうが本当に多くの人生がかかっているおりますので今一度よく考えてほしいのです。


現在起きている右傾化は勿論国家間の文化の違いにより違う人は違うんだ、文化が違うんだから無理に一緒にならなくても住み分ければいいではないか、ということと経済の不安定がもたらすものとポピュリズム対策が原因だろうと思われます。つまり資本主義の末期症状といえます(トマピケティR>G参照)

これにより自由競争に付随していた哲学も一緒に終わらせようとしているのですが、簡単に表現すると経済的自由と人間としての自由を同じに語るべきではないということです。

安陪総理に経済的自由と表現の自由どちらが大切かと詰め寄る野党の議員さんがいらっしゃいましたがまさに同じ状況といえます。安部総理がおっしゃった、表現の自由とは自由の証というのが法律的に聞いたことがないという問題について国会で答弁されておられましたが、私には理解できるしそれは正解で一般人には分かりやすい表現だと思います。つまり表現の自由というのは人間が考えたいように考え表現することを守るということでいわば人権を守るためのものだということです。

つまり自由の証という表現は分かりやすいと思います。

なので表現の自由は経済的自由より優越的地位にあると言えます。

しかしこの人権を守ろうとすると経済的自由より大切なものであるため大きな問題がでてきます。それは稼いだ人への税金に対してです。

経済的自由で自由市場で稼ぐことが許されているのに多くの税金を払わされるということはつまり稼いだ個人の権利を侵しているのではないかという問題に直面します。この点を悪用し、お金持ちリベラリストは私服を肥やしてきたと言う世論が持ち上がり、それによりアメリカで大衆の不満がポピュリズムとして吹き上がり社会現象になったと言えます。

ですので富裕層の方々に「稼げたのは社会があってのものだし社会がなければその価値を認める人も存在できない」ということを容認して頂き社会に還元することで、より末永く豊かな社会を実現し、富裕層の方々もより長く繁栄することが出来るという考えが求められていると言えます。

しかしそうするとお金もちは海外で経済活動をはじめ税金を日本で払わずにタックスヘイブンなどを利用し始めます。

なので海外に逃げても得がないような仕組み、つまり国家の右傾化が始まります。


グローバリゼーションが人権的な多様性、つまり人権的自由であるのだから経済的自由も排除しなければならないと考えたのだと思いますがこの二点は分けて考える必要があります。

グローバリゼーションをやめたからといって人間が自由に考え多様な価値観を持つことを排除するということは経済的にも損なだけでなく大きな人権侵害に繋がるからです。

国家という枠を大切にし右傾化するということは現在の国際情勢や国内の経済状況的に必要不可欠だと考え国民を教育しなおさなければならないと考えることは自然なことですがより良い選択ではありません。

経済状況を立て直すためにこそ多様性を育む教育とその多様性を促進させるために国民が安心して子育てや日々の生活が送れるようにする社会保障の充実を図るべきです。そうすることで国民が安心して豊かに生活することにより統治しやすくなるだけでなく自由な発想で多様な価値観で新しい経済を生み出し、経済的自由競争が促進され国益をもたらします。

つまり金融政策ではなく実需によりGDPが上がるということです。


ですので多様性を認めることとブローバリゼーションを同じに考えてはならないといえます

これは戦争する気だとしても、これからは国際間の競争原理が大切なんだと考えていたとしても内政を止めて総戦闘攻撃でもする気でない場合は当てはまるといえます。


つまり資本家は嫌がるでしょうがお金を発行し国民に回すことで経済が循環し、その営みの規模が大きくなる状態をGDPが上がったということになります。勿論資本家の方々もその循環の中でより大きな利潤を得ることも可能となります。

もちろん円の価値が下がりますが目先の利益を無理に追いかけ八方塞で四面楚歌になるよりも有益なことがお分かりいただけると思います。

獲物は太らせて狩るという表現が適切かは分かりませんがご理解していただけることと思います。


多様性を止めることで保守することが必要な時もありますが極端な戦争状態でない限りは当てはまらないと考えます。

そして国際社会が存在し資本主義社会である限り残された道はそれしかないといえます。


もちろん前時代産業的な均一化教育を施し国民を疲弊させ有益になる決定的な’’何か’’があれば別ですが人口で中国に勝てるわけもなく途上国の猛追に勝てる’’何か’’もなく国際社会からは日本の中国的なところばかり注目され白い目で見られ、焦ったところで更に痛い目を見るだけです。


追い込まれているように感じる昨今の情勢ではありますが幸運なことに日本には一番大切なものが残されております。

それは国際社会からの信用です。

ですのでここは辛抱してしっかりと国内を固める時期だと考えています。

愛国教育して経済が世界で回っているときに愛国心からちゃんと日本に税金払う人を育てるのは得策とはいえません。世界に出ようという野心家であればなおさらではないでしょうか?


表現の自由を教育で変えていくくらいなら経済を国家主導で取り締まるべきで基本的人権と経済的権利を比べてもそうなるべきです。


多様性を捨てるということは国民の思考とやる気を捨てるということで国益を捨てるということと同じです。グローバリゼーションの抱える問題点は安価な労働力競争や経済がよその国で回ることにより国益にならないことであり、その思想や哲学は国益を損なう問題転点とはなりえないということです。


世界が日本に優しくしてくれるのはアメリカの存在と資金力だけです

自分たちは正しいとどんなに主張してもほんとにその通りだとしても日本の味方するかは状況次第です。

多様性を排除するということはなにが起こるか分からない未来に向けて答えを決めて進むのと同じです。現在の日本はそういったことについて考えていない様に感じますがもしかすると工作員による扇動なのかもしれないと思うほどです。


旅行行くときにどこに行くかわからなかったらいろんな多様な準備をするでしょう。

暑いのか、寒いのか、食べるものは?予算は?現金は?何日分?何時帰ってこれる?子供は?危険は?、、、、

多様性を捨てるのは臨機応変な備えを捨てるのと同じことです

世界は多様性で回ってるのに、未来は誰にも分からないのに、分からないことする若者がいろんなことして新しい何かが生まれるのに、、、何かに心を奪われて目の前が見えなくなっている様に感じました

工作員の活動が成功している可能性を感じずにいられません。


日本は裸一貫で勝負する!それが正しいんだ!男なんだ!とでも言いたいのかと疑問を感じています。

全てがわかった気になって未来予測して当たった外れたではあんまりです。お祭り騒ぎしている狂乱状態

ギャンブル、薬物中毒の方たちが証券会社には多いと聞きます

情勢の変化に一喜一憂してお祭り騒ぎ

大衆や若者を見下しあいつらは馬鹿だから何も分かっちゃいないと思っていると思えてなりません


無智の知


多様性がなければ未来に備えることは出来ません


たんぱく質の突然変異

一定数で生まれる奇形

少しづつ生物は変化する

未来が分からないから

だから生き残れた


日本は特別?

日本だけは違う?

日本だけは伝統だけで大丈夫?

皇室がいるからそれで安心?


伝統あるからこそ変えていかなければなりません

変らないものを守るために変えていかなければなりません


変らない部分があるなら

他が多様に備えてく

どんな未来が待ち受けて

どんな危険が迫っても

大切な何かを守るための


日本では多様性を持っていました

汚いものや臭いものの価値に気付いた人々

マジョリティーが嫌がるものや

権力者が食べないものを食べてきた人たち


国史はそれを部落民と呼びます


アングラが不動産を生み出しました

アングラが人材派遣を生み出しました

不都合な存在が先駆者で新しいものを生み出し続けました

国がそれを取り締まる

国が管理し税金を取る

それ自体が悪いといいたいわけではありません

ヤクザはやってはいけないこともします

だけど認めなければならないものがあります

風俗、薬、大麻、仲介、興行、的屋、人身売買、奴隷労働、、、どれを認めてどこまで認めるのか

不必要なタブーが巨悪を生んでいます

不必要なタブーが社会の多様性を蝕んでいます


富裕層は守ろうとします

富裕層は保とうとします

大人たちは安定を求めます

大人たちは飽き飽きして疲れています


若者は失敗します

若者は挑戦します

貧しい人は変えようとします

貧しい人はもがき苦しみます


お金が回らないのは

日本が腐敗しているのは

国家を衰退させているのは

日本を貶めているのは


留まるということは腐敗するということです

我々が存在する次元空間がそうできているのです

多様性を捨ててはなりません


戦争はもう始まっています

共倒れ、怒りの種


人は城

人は石垣

人は堀

※武田信玄さんの一節です


工作員でなかったとしても頭の固い人々が国家を滅亡に追い込み国体を破壊しています

動機はもう問題ではありません

国体とは過去だけではありません

国体とは未来もある希望です


それでも国民に多様性を捨てさせ裕福な家庭では義務教育とまったく違う英才教育を施すゆとりを持ちその隔たりを解消しないのであれば日本国は現在大衆を何も考えない奴隷にするために活動しており、進む格差は止まることはなくさらに広がり続け奴隷と統治者と言う隔たりを完璧なものにするために活動していると言え、国内の対立であっても世界の革命的出来事であってもすべては自作自演のプロパガンダと言えるのです。


陰謀と言う言葉に付随する悪い理念とは、動機や未来に付随するものではなく現状に起きている問題を指し示す心に付随するものである

つまり陰謀論が存在しているという事実がある以上、陰謀は事実以外の何ものでもないことの証明である


未来を見る力

義務教育では表現されていないでしょう

もちろん生きていく中で身につける人もいるでしょう


大局から未来を見つめる

日本権力の正体