求心力の源泉

勿論すべての人ではない

極東の北でもなく南でもないという地理的要因から四季が織り成す豊かな情景にグレートジャーニーは立ち止まり、様々な人種を受け入れ、険しい山々が織り成す水の流れに多様な生態系を持ち、山間を縫う川と果てしない海を昇る朝日と沈む夕日に心奪われ人類は足を止め、定住を始めたのではないだろうか。

これは想像に過ぎないが完全に否定できるものではないでしょう。

ここで綴るのは歴史や史実などではなく現代日本にいる高い民族意識を持つ人たち(日本の統治者、権力の中枢にいる大多数)はどういう優先順位を持ち活動してきたのだろうか、又は活動しているのだろうかということを推測したのであり歴史的事実は問題にしておりません。

つまりコミュニティに属し(同和や在日や部落と言われる人々、日本の統治者や権力者)内部でどういったことを教わり仲間意識を強めてきたかということであり、これらを明らかにすることで権力闘争や日本人の置かれている状況をクリアに見ることが出来るようになりますがこういったことに触れることは長い間タブーとされてきました。

そういった対策が必要だったのはもちろん生存戦略のためや権力の維持という目的もありますがなによりも日本人ではないという事実が明るみになるからでしょう。

つまりナショナリズム対策

しかしそうであるならば日本人はこの世に存在しないともいえます。

戦後の国際化や教養の上昇、IT技術の一般流用に伴いこれらを隠すことは不必要なことであるどころか、隠しているという姿勢を認識されることの方がリスクであるということが明らかになってきたのではないでしょうか?


山岡鉄舟さん曰く、縄文人(顔が濃い)のエリア(日本列島)に弥生人(顔が薄い)がやってきたとのことですが日本での優越性を確保したい人々(皇室を脅したりしている人たちだと思います)が弥生人という頭蓋骨を隠蔽していたことが明らかとなっていますY染色体の系図から見てみると縄文と弥生に違いはなく日本人は大枠で単一民族と言えるようです

建国~現代までアイデンティティの旅

日本ができるときに大まかに二つの民族がいたそうで一つは現在も残る皇室と言われる人たちを中心に集まる民族で、もう一つが南方からきた人たち(ムー大陸の人たちで卑弥呼やスサノオ、ユダヤがこれに当たるとか当たらないとか)これらが統合されて現在の日本があるとかないとか

皇室の取り巻きに藤原氏、三井財閥の前身が生まれたとか

朝鮮 西暦~1400くらい

隣の朝鮮半島にいくつかの民族がいて戦っていた

その後、紆余曲折を経て済州島まで元(モンゴル)のものとなった

若い人はモンゴル?と思うかもしれないが遊牧騎馬民族で機動力に優れ体格の良いモンゴリアンはユーラシア大陸のほとんどを制圧したほどの戦闘力を持っており、史実上世界一の大帝国を築いた戦闘民族だ

しかし内政には不向きなのか100年ほどで衰退する

日本 西暦~1400くらい

元寇 二度の襲撃

遣隋使や遣唐使により中華(儒教)の影響を強く受け官僚支配が始まる。平城京や平安京「平家にあらずんば人にあらず」といわれる程に政治や行政の実権を握る平家とモンゴロイドの血を色濃く受け継ぐ源氏の勢力のどちらも皇室からの分家であるため自らの正当性を担保するため熾烈な戦いが始まる。

後に源平の戦いといわれ、南方で発生した源氏が現在の山口県(日本の総理大臣安陪首相の古里)で平家を打ち破った。

平家という民族はなくなったが平家の生き残りは山などへ逃げ延びた(女性はほとんど生き延びていると言われている)

この源氏と言われる民族は武士のルーツである清和天皇の分家の清和源氏であり三つの菱型の家紋を持つ武田家であり住吉地名由来であり播磨など忍者のルーツとされるとかなんとか(三菱という会社は岩崎弥太郎が名づけたとオリラジの慶応出身のあっちゃんが言っていました)

元寇の元と源氏の源が発音も意味も同じなのは偶然ではないだろう

そして戦国時代へ

戦国時代 西暦1400~1550くらい

この当時から済州島は国ではなく流刑地として利用されていた

一方、日本では70からなる国が存在し、皇室の任命を受けた国が日本の武力の頂点に立つものとしての正当性を各国が争い、戦や皇室へのおねだり、外交や謀略の限りを尽くした。ここでも源氏や平家の血統は重要視され武力を収めるのは源氏が常識だったため徳川家(家紋は三つ葵、貧しい人にも出世の道が開かれていた)も源氏を名乗る。

キリストや白人との交流も始まり文化や道具が徐々に流入。

ここまでの歴史で忘れてはならないのは戦いに負け部落を形成した民族(部落民)山岳民族のことだ。彼らは日本を統治していた源氏などの官僚制や農耕といった文化よりは、一家民族としての統治体系や狩りや採集を中心とした生活をしていた。敵の軍門に下らずに逃げ延びた誇り高い人々とも言え、山岳で暮らしていた為、農耕には向かなかったがその中でも蕎麦や山葵はよく育ち大切な栄養源となっていた。

山に忍び生きる者、これを忍者という。

江戸 西暦1550~1850くらい

なんだかんだで徳川家が戦乱の世を平定し、武士たちは官僚となり財務を任されるようになった。

このとき皇室に与えられる17上位公卿の14が藤原氏で3が源氏

地方の国が反乱を起こすのを抑えお金を使わせる為に”参勤交代”という非合理的な統治方法を始めるが金は天下の回り物と無理やり流通させることで市場経済が過熱し豊かな生活をしていた。

松下村塾(塾長である吉田松陰(藤原氏)は朝鮮部落の貧しい家庭の子供にも学問を教えた)で学んだ人たちが先頭に立ち、尊皇攘夷論を掲げ(天皇を中心とした国家を作り海外の勢力に対抗する)外的に晒される危険を感じた勤皇の志士たちのクーデターにより(白人武器商人の介入により起きたといわれている)徳川幕府打倒

江戸時代では経済活動が活発で山岳民族や忍者など様々な人が商売で成り上がり武士の名前を買ったり反対に落ちぶれた武士が山に逃げ延びたり、波乱の人間模様が繰り広げられた。風俗など芸能文化もこの時代に確立され、今日まで残る縄張りや既得権が生まれた(この時代に日本の財閥の元となる豪商が現れたので江戸時代より古くからある伝統的な一族からすると成り上がってきた人たちは後に”部落民”と揶揄されることになる)

そして明治へ

明治 西暦1850~1900くらい

坂本竜馬などが暗殺される

”廃藩置県””四民平等”により一つの国となり、大日本帝国憲法樹立(このときこれまでの争いの中で逃げ延びた山岳民族や少数民族が形成していた部落も日本国民として統合される)

民も苗字を名乗るようになる。古くから源氏のアイデンティティを持つ人たちは苗字をつけるときに西暦1008年出版の古文書の中世ファンタジー小説”源氏物語”の主人公”光源氏”に由来し、光や三や山(発音がmitsu san)などを好んで付けた。又は紀元前の皇室の女系男系を表現としてが用いられていた文化を継承するものとの伝承もあるがどちらにせよ皇室との繋がりにより自らの存在を担保するためのものであることが分かる。

差別用語で四つ足(発音がYotsu)と呼ばれた日本の部落民の下に位置するという意味で朝鮮部落民を三つ(発音がMitsu)としたという記述もあるがわざわざ自分の名前に組み込むとは考えにくいだろう

そして日清・日露戦争を経て世界大戦へ

アメリカの占領

満州(朝鮮半島の北)まで占領していた日本が戦争に負けた後に戦勝国人として二百万人が押し寄せ日本で暴れ回った

一方朝鮮では南北に別れた時に韓国の南方にあった流刑地であり差別の対象となっていた済州島で北朝鮮と組んでクーデターが起きそうだとして韓国軍が制圧虐殺をした。

そのうち三分の一に上る10万ともいわれる人たちが日本にやってきたが満州まで攻めていたころから日本にもともと帰属していた人々だと言う。

この済州島民は日本の部落民(山岳民族や忍者、貧しい集落や逃げ延びた人たちが作った集落の人)とアイデンティティを共にした

押し寄せ暴れまわる朝鮮人を取り締まる為、日本でも愚連隊などを利用し、これに対抗する(このときに日本の部落民と共に戦ったのが済州島民といわれているが、これとは反対に小さく細身の戦後疲弊している日本の部落民のところに押し寄せたとの記述も見かけたが真実はそれぞれだ)

初代総理大臣の伊藤博文は長州藩士で松下村塾の生徒で藤原氏

第二次大戦時の総理大臣の東条英機は名前から藤原氏と考えられる

その二ヶ月前の総理大臣の近衛文麿は藤原氏

マイノリティ利権

高度経済成長期を迎える日本では在日(南北朝鮮人)と同和(済州島民と日本部落民)による利権の確立が行なわれた

一見分かれて見えるが歴史的正当性で劣る在日は基本的に立場が弱い、権力を持つ在日は済州島民で在日と言われるが同和と言われる部落民だ

もちろんすべての人ではない

源氏の心

済州島民、モンゴル系、南方系統の人は源氏にアイデンティティを持ち、こういった思いを同和教育に盛り込み、同時に被害感情を植え付け宗教など組織拡大の求心力を強めた。日本の富裕層は反社会的な組織にしか頼めない仕事(女性の用意など)を頼むときに同じアイデンティティを持つ者を利用した。

つまり少数派が権力へ入り込む道のりであり、権力者もこういった拡大解釈によるアイデンティティを利用することで組織の拡大強化、経済活動に利用した。

いつの時代も権威主義的な人間は名前の売買や婚姻により高い身分に取り入ったり奪ったり、、、世界的に見ても珍しい活動ではありません。

我々はムーだ

我々は源氏だ

我々は平氏だ

我々はモンゴリアンだ

我々は日本人だ(令和元年現在の社会情勢においては日本という求心力で集めた力を他国や私腹を肥やすために搾取している売国奴が目に余り国体すら危ぶまれるほどになっているので必要不可欠)

我々は武士だ

我々は徳川だ

我々は武田だ

我々は忍者だ

我々は在日だ

我々は済州島民だ

我々は部落民だ

我々はユダヤだ

我々は白人だ

我々は黒人だ

我々は客家だ

我々は差別を受けたのだ

これらすべての道は自らを貶める業となる

執着するな

民族対立とポピュリズム


そして現代へ